29話 人手
今、全裸だ。
「シロンからもらった瓶の力すげ~。全然寒さを感じないぞ」
イオは濡れた服を脱いで近くの木にかけ、簡単なストレッチを行っていた。
全てはシロンを連れ戻すためだ。
「シロンは……もう結構遠くに行ったな。国境を越えちまったか」
ヴァーゴに向かう、そう言い残してイオを突き放したシロン。彼女の発する音は『耳』を以ってしても聞き取れないほど遠くに行ってしまっていた。
シロンを連れ戻すためにアークトゥルスからもらった時間は三日分だけ。
それまでに彼女を何とか説得して、一緒に無事にリブラに帰らなければならない。
「――で、俺がそれまでに帰れなかったら……管理局が出動するってことか……」
シロンの裏切りは管理局にバレていない。
そもそも彼女が最後に話した内容には、裏切り以上の複雑な事情があったようにも思える。
だから、面倒事になる前にイオが迅速に捕らえるのが一番穏便に済ませられる方法だろう。
しかし、当然ながら一番良い選択には一番大きなリスクが伴うことを、彼は心に知っておかなければならない。
「問題はヴァーゴで誰が待ってるか……」
シロンは言っていた、イオのことを気に入った人がいると。仮にその発言が本当なら、ヴァーゴに侵入するにあたって、その人物との衝突は避けられないはずだ。
と言うか、シロンと行動を共にしている可能性だってある。もし失敗すればイオは捕まえられるし、管理局を巻き込むような大きな騒動に発展する可能性は十分にある。
つまり、これからの彼の行動が要になる。
「管理局の人は呼びたくないけど、でも協力がないと手も足も出せないかも……」
わがままを言うようだが囮役が欲しい。
シロンの居場所は確実に掴めるので、そこに行くまで誰かに注意を引いてもらう必要があるのだ。それに噂によれば、ヴァーゴの国軍はこの大陸でも屈指の実力を持っているらしい。
国境さえ乗り越えられるかも分からない。
「ゲミンガさんとスピカさんは寝てるし……ペルセウスさんは魔法が使えないし……他の人は大して仲良くないし…………あ、そうだ」
彼は思い出した。
そう言えば、今現在、管理局には過去に拳を交えた親友がやって来ている。
イオはすぐに精霊を通じて連絡をした。
『シリウス、起きてるか!?』
『イオ……? 今どこにいるの……?』
『ヴァーゴとの国境の近く。夜遅くにごめん。でさ、頼みがあるんだけど……』
『……な、何?』
『今から来れる?』
『無理じゃないけど……何するの?』
『ヴァーゴに行く』
『えっ!?』
声だけでシリウスの表情が凍ったのが分かった。
それもそのはず。リブラとヴァーゴの仲は険悪だから、侵入したらタダじゃ済まないだろう。
『あ、あのー……私は一応名の知れた混血だからヴァーゴに行くのはマズイかなー……』
『そっか、そういう問題もあるのか』
シリウスは若き才能として各国に名前が知れ渡っている。それに顔も同じだ。
もしヴァーゴにイオと侵入したことが判明したら何が起こるか、想像することは容易だ。
『でも、ヴァーゴに行って何するの? 密輸?』
『犯罪はしないぞ』
『リブラからヴァーゴに行くのは半分犯罪だよ』
『……シロンが裏切ってヴァーゴに逃げた。このことは誰にも言わないでくれよ』
『そ、想像以上に重い理由じゃん……』
同情の声が鼓膜を突っついてきた。
そこまで心に寄り添ってくれるのは本当にありがたいのだが、シリウスには頼れないという事実の裏付けになってしまいイオは残念に思った。
『そうだ、シリウス! 今からリオに帰れるか?』
『本気でやれば、できなくもないけど……』
『だったらさ――』
今のイオは人生で一番冴えている。
むしろ、そうでないと行く道に立ち塞がる壁を乗り越えることはできないし、彼一人では壁にたどり着くことさえできないだろう。
それでも何人かが手を合わせて挑めば、もしかしたら越えられる壁かもしれないのだ。
壁を見上げて、口をぽかんと開けて、その場に棒立ちになるにはまだ早いとイオは思った。




