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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第四章 太陽の光
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28話 二度寝

 耳は水にどっぷりと浸かり、寄せる波の音が気持ち悪いくらいはっきりと聞こえていた。

 森林の中は少し冷えてきていて、今すぐにでも泉から飛び出してしまいたかった。

 しかし、同じくらい何もしたくなかった。


「俺が、負けたか……」


 シロンとの戦闘にもつれ込んだ時、イオは正直楽勝だと思っていた。少女を適当にあしらって、そのまま強引に管理局に引き戻せると思っていた。

 それができなかった。夢のまた夢だった。


「……報告すっか」


 唐突だが、泉の水位はそこまで高くない。

 ではなぜ溺れかけたのかという話だが。


 とにかくイオは反動をつけて上半身を起こし、そのまま体内の精霊に意識を向けた。

 その時、何か強い魔力を感じた。


「ん……? また泉が光ってる?」


 なぜか辺りが輝き始めており、それはイオが座っている場所も例外ではないと気付いた。時を追うごとに輝きは増していき、やがて泉の水面が見えなくなるまで明るくなった。


「眩し……っ!」


 イオは咄嗟に目を瞑り、腕で顔を覆ったが、光はすぐに収まってくれた。

 しかし、それで終わりではなかった。

 光の帳が晴れた先には、イオにとって違和感のある世界が広がっていた。そこで彼は本能的に、自分は再び夢の中に送られたと悟った。


『二度目か!? これ何度も使えるのかよ!』


 その時、彼の脳裏に悪魔の契約が浮かんだ。

 望みを叶えてもらう代わりに、代償を払わねばならない契約のことだ。創作の世界では命や身長など代替不可な代物を要求されていたが、イオの体には何も変化は訪れなかった。


 と言うのも、こんなに何度も連続して夢を見てしまって本当に良いのかと、当のイオは深く疑っていたのだ。

 なぜなら今までになかった事象が、こうやって確かに起こっているのだから。夢を二回も連続して見るなんて、摩訶不思議にも程があるというもの。


 まあ、それでも気にする必要は皆無か。この世界には悪魔なんて存在しないし、いたとしても代価は魔力を求めそうな奴等ばかりだろう。そもそも魔法の世界なんだし。

 イオはその後も同じ場所で固まって、変化に対して身構えていたが特に何も起こらなかった。


『――でも、次の夢は何だ? この前がマイアで、さっきがハレーだぞ……まさかシロンか出てくるのか? いや、そんな訳はないか……』


 イオの抜け落ちた記憶を無視すれば、夢にある程度の規則性があるのが分かる。

 夢に出てきた場面は、全てイオに命の危機が迫っている場面だ。

 イオが初めて訪れた際には、ブラキウムとアークトゥルスが対峙する場面が映し出されたし、その次はマイアに追い詰められる場面だった。

 そして、先程はハレーに挑むイオたちの姿が確認で見られた。

 こうなれば、次に来るのは――


『――って、誰だ……お前?』


 シロン、かと思いきや全くの別人だった。

 美しい金髪に紅色の瞳を持っている点は共通しているのだが、背格好があまりにも違い過ぎた。

 イオの目前に現れた粘土のような物体が、次第に形を整えていき、やがて人の姿になったのだ。そこまでは良かったのだが、そこから先は意味不明だった。


 場所だって森じゃない。

 どこかの建物の中だった。


『ホントに誰だ? 知らないぞ……』


 人形は迷うことなくイオの方に向かってきた。

 そこで念のために後ろを確認したが、背後は切り立った崖になっていた。いや、どうやら崖ではなく建物が崩れているだけらしかった。

 それにしても、イオが落っこちたら一溜まりもないことだけ分かった。

 しかし、シロンに似た女は真っ直ぐにイオを狙って迫ってきている。ソイツから逃げるためには崖の方へ行く必要があった。


『く、来るなっ!』


 相手がこちらの手を掴もうとしてきたので、イオは必死の抵抗をした。ブンブンと腕を振って敵をなぎ払おうとした。

 しかし、こちらの攻撃は相手に当たらない。なぜか通り抜けていくのみ。イオは全く影響を与えられなかった。

 逆に相手はこちらを自由に触れられるようで、彼の心には怒りが込み上げてきた。

 理不尽にもほどがある。


『クソっ! 離せ……って、おわっ!?』


 見た目からは想像もできない怪力の持ち主である女から逃れようと必死の抵抗を続けるも、その反動で後ろに真っ逆さまに転落してしまった。

 体が上下逆さまになり、重力が反転し、何も見えなくなってしまった。


 イオは、落ち続ける感覚だけを頼りに手足をそこら中に伸ばしてみたが、何も反応も帰ってこなかったのだった。

 無の中を、延々と落ち続けてた。


(いつぶつかる!? 俺はあとどのくらいで地面にぶつかるんだ!? いつ終わるんだ!?)


 助かることを諦めたイオは、手足を体に寄せて防御姿勢を取った。これが意味のない行為だと分かっていたが、せめてもの抵抗だ。

 落下状態のまま足と背中で臓器と性器を守り、腕で脳を守った。


(来るなら来い! 別に死なないけど!)


 痛いのはいつだって怖い。

 誰かを守るためなら、ほんの少しだけでも痛みを忘れられるが、その対象は今はいない。

 イオは一人ぼっちなのだ。

 孤独だと、何もかも十倍増しで怖く感じてしまうのだ。


「っ……? ぶくぶくぶく……」


 しかし、気付けば泉に帰ってきていた。

 これではイオがバカみたいだ。あの必死の抵抗はなんだったんだ。

 夢にマジになったのが笑えてきた。


「ふざけんなよ。心配して損したわ」


 仄かな苛立ちと共に、スクッと泉から立ち上がったイオ。

 その時、ビュゥと強い風が吹いてきた。

 ここでイオは咄嗟に濡れた体に風を受けてはならないと急いで身構えたが、なぜだか体は寒さを感じなかった。


「……? 全然寒くない……しかも逆に温かい……一体なんで?」


 イオの体は不自然に温まっていた。

 漏らしてないか確認したが、違う。

 水が温かいのか確認したが、違う。


 まるで腕の中に、暖かな誰かを抱えていた後みたいな感覚だった。そうだ、誰かを思い切り抱き締めた後には、ちょうど今のような熱が残っている。

 そこで、ふとイオは自分の首に提げてある小瓶の存在を思い出した。少し前にシロンから受け取った火の魔力が入っている瓶だ。


「ここから魔力が漏れてたのか? いや、それにしては温かすぎるような……んん?」


 イオは小瓶をマジマジと見つめた。飽きることなくじっくりと見続けて、何もかも忘れて見つめることに耽った。


 この過程で彼の脳は整理された。

 シロンに負けて、ずぶ濡れになって、二度も夢を見せられてグチャグチャになった脳内。そんな彼の中枢が、なぜだかすっきりと片付いてしまった。

 小瓶に感謝だ。


「そう言えば、俺は夢の中で誰かを抱き寄せたような気がしなくもない……」


 確かに女に迫られた時、自身の真横にもう一つの気配を感じていた気がする。

 真正面でも真後ろでもない、真横だ。

 そこにいた気配を、転落する直前に抱き寄せて、一緒に落ちたような気がした。これはイオの勘違いなのだろうか。それとも――


「――まあ、悩んでる暇なんてないか。俺には行かなきゃならない場所があるんだ」


 焦れったい疑問がいくつも頭の中を駆け巡ったのだが、今はそんなことはどうでもいい。

 なぜならいくら悩んでも、結局は行動しなければ何の意味も為さないから。


 夢の中にいた女のことやシロンに負けたこと。

 そんなのは後からいくらでも考えられる。

とにかく今はやることがあるはずだ。


『――ごほん、あー……アークトゥルスさん、聞こえますか?』

『報告が随分と遅いではないか。何をしておったんじゃ?』

『水浴びしてました』

『それは後にしたまえ。兎にも角にもシロン君を管理局へ――』

『あ、そのことでお願いがあるんですけど……』

『何かね』

『少しだけ休暇を下さい。三日……いや、二日でもいいです』

『構わんが、どうするつもりじゃ?』

『シロンと休暇を楽しみたいです』

『……? 急にどうしたのかね? 大体彼女の失踪の理由についてまだ報告を受けとら――』

『切ります』

『ちょ――』


 杜撰な報告を終えた後、水を吸って重くなったズボンを無理に引きずりながら泉から脱出した。

 そして、大きく背伸びをした。


「とりあえずヴァーゴに乗り込む訳だから、俺にも仲間が欲しいな」


 イオは顎に手を当て、遥か遠くにある国境を見据えて言ったのだった。

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