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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第四章 太陽の光
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27話 夢を見る泉

――ドポンッ!


 水は無色透明だ。

 水の中にいると重力さえ忘れられる。


 だから、水は好ましい。

 息を止めている間だけ、夢を見られるから。


『――俺は、確か……ここは……?』


 しかし、今は森の中にいる。

 さっき水に投げ込まれたばかりなのに、気付いた時には森の奥にいた。

 辺りを見回してみると、どこか見覚えがある白髪の美少年がいた。


『って、ハレーか?』


 こちらの声は、あちらに届いていない。

 それなのに目は合っている。


 ふと気になって後ろを振り返ると、もう一人の自分がそこに立っていた。

 隣には信頼できる白い狼もいた。


『……どうなってるんだ?』


 試しにもう一人の自分の肩を叩こうとしたら、それができなかった。

 まるで水の中にいるみたいで、力を込めても空回りするだけだった。

 いや、水の中というより本当に夢の中にいるみたいだった。力がうまく入らずに、イオは夢の水に流され続けた。


『過去……? 夢……? 幻覚……?』


 混乱するイオを無視して、戦闘が始まった。

 これはリオでの戦闘と同じだ。


 よく見たら、木々の向こうに血塗れのゲミンガたちが倒れていた。ここまで来たら、まるで映画を見ている気分になった。

 どれだけ臨場感に溢れる映像を見せられても、何も感じないのだ。敵が見ているのは画面の向こうにいる主人公。

 主人公が見ているのもまた、空想の悪。


 そこに現在のイオが介入する隙などなく、まんまと除け者にされた気分だ。頑張って自己投影することを試みたが、それもできなかった。

 なぜなら目の前で戦っているのは自分だから。自分に自分を落とし込むなんて狂っている。


『と、とりあえず負けるな! 頑張れ俺!』


 戦闘は滞りなく進む。

 道筋に沿って、より円滑に、問題なく行われる。

 全く危機感を与えられない訳だ。


『……これってシロンが来たら勝ちだろ? どこまで記憶を復習させるつもりだ?』


 夢が終わる兆しはない。しかし、全ては過去の記憶通りに進む。

 イオたちの勝利の軌跡が、延々と目の前を流れては過ぎ去って行くのだ。


 しかし、ある時を境に記憶の列車は唐突に脱線することになる。


『うわっ……またハレーと目が合った』


 ハレーと思われる半透明の人形が、視線をこちらに向けてきた。

 だから、イオは先例に倣って後ろを振り返った。


『……ん? 木でも見てるのか?』


 しかし、後ろに過去のイオはいなかった。

 と言うか、さっき暴走を始めた牛が、向こう側の木の下でシリウスに押さえられているではないか。


 何となく嫌な予感がして、現在のイオは恐る恐るハレーの方に振り返った。


『――うわぁっ!?』


 もう遅かった。

 バスタードソードを担いだハレーは、一瞬で距離を詰めてきて、その刃をイオの首に添えていた。

 夢の中の人形ではない、観測者であるイオに。

 偽りの死は一歩先まで迫っていた。


『ちっ……!』


 咄嗟にハレーを突き飛ばしたが、当然その反動をもらうことになった。抵抗力のない夢の水の中で、一度動き出したら止まれない。

 ハレーと真反対の方向に吹き飛ばされ、イオは等速の直線運動を始めることになった。


『……う、ごっ』


 地面に潜り、根をすり抜け、固い岩を割り、虫たちの巣穴を縦断し、地中の奥深くに押し込められていった。

 ものすごく苦しくて、熱かった。


『が、が……』


 いくら『不死』であるとは言え、不可避の苦痛からは逃れられない。

 その時、イオは心の底から救済を求めた。

 それによってか、はたまた夢が覚めたのか、強い願いに呼応するように真っ暗な夢が、真っ暗な現実に塗り替えられていった。


「っ、はぁ……! うわ、ビショビショだ……」


 水面を突き破るようにして夢から逃げたイオ。

 すぐに彼は、比喩なしに自分が水面を突き破って意識を覚醒させたのだと知った。

 そう、例の泉の真ん中で彼はずぶ濡れになっていたのだ。


「ごほっ、げほっ……俺って生きてたのか。てっきりシロンに脳味噌ごと殺されたのかと……」


 当然かのように丸焦げの姿から生還した訳だが、一つだけ疑問に思うことがある。

 シロンに敗北した場所は、ここから少し離れているはずだ。だとしたら、誰が泉までイオを運んでくれたのだろうか。

 それだけが分からない。


「――まあ、誰でも良い。でも、そっかぁ……俺はシロンに負けたのか……連れ戻せなかった……」


 アークトゥルスとの約束を守れなかったことよりも、シロンの真意を聞けなかったことが酷く残念で心残りに思えた。

 イオがその気になれば、心の声を聞くことくらい簡単だが、そんな暇もなく最後の衝突を迎えてしまったのだ。

 これでは後悔しか残らない。


 まださよならを言っていないし、何よりシロンと別れるつもりなんて更々ないのに。


「シロンは国境近くにいるみたいだな。あーあ、遅れちまった……クソっ」


 泉の水に背中を打ち付けるように、イオはだらんと仰向けになった。木々の間から空を見れば、そこにも別の水があった。

 空から水が降ってくるだけで、こんなにも心が重く沈んでしまうのは一体なぜなのだろう。

 暗くて、ジメジメと湿っているからだろうか。


 こんな現実を見るくらいなら、まだ夢の中で眠っていたかった。泉から出てしまえば、また重力に支配されてしまうから。

 心が引っ張られて、地面に落ちてしまうから。


「――なんか、疲れたな」


 やがてイオは活力を失い、泉の真ん中で動かなくなってしまったのだった。

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