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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第四章 太陽の光
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26話 大喧嘩

 静かな森を蝕む音がする。

 今二人の男女が、己の信念を通すために拳と魔法を交わしている。


 シロンが出した黒い炎は、まるで大蛇のように大きくうねり、木々をすり抜けてイオを噛み千切ろうとした。

 イオはこれを獣化により授かった高い身体能力で何とか躱した。

 シロンはその間にも素早く距離を詰め、容赦のない蹴りをイオに喰らわせた。

 そこでイオは衝撃を感じた方向に振り向くが、既にシロンの姿はなくなっていた。

 どうやら草木に紛れて姿を眩ましたようだ。


「クソッ! 次はど――」

「遅いよっ!」


 精霊で位置を特定しようとしたが、それよりも先にシロンの拳が飛んできた。虚を衝かれる形となったイオは、ガラ空きの鳩尾に重い一撃を入れられてしまった。

 そこからはさっきと同じだ。

 炎に注視しながら、全く姿の見えないシロンを耳で追う。それで結局ボコボコにされる。

 もう完全に後手へ回ってしまっていた。


「やべ……ッ、マジでどこにいやがる!?」


 音だけ聞けば、確かにそこにいるのだ。

 しかし、肝心の姿がない。

 そういった小さな認識のズレが、イオの判断力を大きく鈍らせていた。ここで一発くらい殴り返してやりたいが、シロンの動きが相変わらず読めない。


「――この世界に来て一ヶ月半は経ってるよね? それでもこんなに弱いんだ。そんなんだからブラキウムさんを守れなかったんだよ?」

「おい、どこだッ!?」

「ボクの居場所なんて、イオ君がしっかり落ち着けばすぐに分かるでしょ? はぁ……ブラキウムさんのこともボクのことも綺麗さっぱり忘れちゃってさ。ボクは君のことを心から信じてたのに」

「知らない名前を出して何になるんだよ!? 俺とお前の戦いだろ!? 逃げるんじゃねぇッ!」

「本当に覚えてないんだ……それじゃあ、これは戦いにもなってないね。イオ君が一方的に噛み付いて来てるだけ」


 そう言って、シロンはイオの前に姿を現した。

 何もない場所から突然現れた。


「なんだ魔法かよ! クソッ!」

「魔法じゃなくて魔法特性。ボクの大嫌いなボクの一部だよ」


 イオは反射的に突きを繰り出したが、それをシロンは軽い身のこなしで避け切って、またもや空気に溶け込んだ。

 どれだけ目を凝らしても、やはりそこにシロンは見えない。


「さっきから魔法特性で楽しやがって! お前がその気なら俺だってやるからな!? おい、歯ぁ食い縛れッ! 舌、噛むんじゃねぇぞッ!!!!」


 イオは辛抱堪らず、ついに両手を地面に突き刺して土魔法を行使した。

 一般的な魔法使いで、しかも子供のシロンを相手にこんな強力な術式は使いたくなかったが、彼女を連れ戻すためなら致し方ないと判断した。


 イオは魔力を大地に流し込み、己が内面と広がる地面の意識を一体化させ、全能感の溢れるままに辺り一帯の土を捲り上げた。

 鳥でもなければ避けられない必中魔法だ。


 しばらく地中の石が擦れ合う音がしてから、やがて空中に土石がばらまかれた。当然ながら地面の上に存在している雑草や、姿を消しているシロンも巻き添えの対象だ。

 イオは一瞬だけ目を閉じて、音に集中した。


「――そこか」


 左後ろの遥か高くに、小さな音が聞こえた。それは明らかにシロンの魔法の音だった。

 だから、イオは土煙が舞う中で木々を飛び回り、音のした場所に掴み掛かった。蹄と化していた右手を元に戻して、空中を力強く引っ張ると、予想通りしっかりとした重みが感じられた。

 何も見えないが、確実に人間を掴んでいる。それも空中で。


「よっしゃッ!」


 そのまま着地してしまうと強い衝撃を受けることになるので、イオは手に掴んだ塊を抱き寄せ、自分が下に回ることで緩衝材となって、フワリと地面に降り立とうとした。


 しかし、次の瞬間、シロンがイオの隙を突いて逆に彼を拘束してしまった。

 あまりに早い手捌きだったので、イオは驚く間もなく空中で雁字搦めにされ、激痛を伴うほどの不時着をさせられたのだった。

 彼女は、まるで手練れの軍人のような手付きでイオの腕を固め、体重を乗せた腕で彼の顔を抑えたのだった。


「いだだだだっ! は、離せよ!」

「もう獣化が解けたね。これでボクは追えない」


 うつ伏せになったイオの背中に、シロンが乱暴に跨がった。太腿や股間の人間的な生温かさが、直に彼の背中に伝わってきたが、それ以上に痛さや重さものし掛かってきた。

 正直嬉しいと言うより、かなり苦しかった。


 更に、シロンが追い打ちをかけるように首筋に顔を近付けて、熱い吐息を吹き掛けてきたが全く喜べなかった。

 早く拘束を解いて欲しい。どうにか逃げ出してシロンを押さえ付けたい。それくらいしか考えられなかったのだった。


「ボクはこれからヴァーゴに戻るよ。イオ君、今までありがとね」

「何がありがとうだよ! 感謝してるなら今すぐ俺の言うこと聞けよ!」

「じゃあね」

「だったら今すぐ管理局にチクって、お前を指名手配してもらうからな! いいよな!?」

「交信する時間はいくらでもあったでしょ? 精霊を使って音を飛ばしとけば良かったのに。イオ君は口だけなんだね」

「クソ……っ」


 シロンがおもむろに、空いている手をイオの首に回してきた。まさか脳への酸素供給を断って、無理矢理にでも気絶させるつもりか。

 ここまで必死の抵抗を続けてきたイオだが、それをされてしまったら、いくら『不死』であってもシロンを追えなくなってしまう。だから、どうにかして逃れようと思考を巡らせた。


「命の危機を感じてる時って、感覚が過敏になるらしいよ。気になるから試してみようよ」

「はっ、俺が命の危機にあるって?」

「え? 違うの?」

「……いや、言わなかったか? 俺は――」


 シロンに首を絞められる直前、イオはやけに大人しくなった。それが途轍もなく怪しかったので、彼女は咄嗟に理由を考えてみたが、それでも彼の行動原理を解明することはできなかった。

 と言うより、彼女には最後の諦めに見えた。


 だから、イオの態度を深く考えず、いかにも油断した表情で首を絞めようとした。

 しかし、それがいけなかった。

 それこそ彼の思う壺だった。


「俺は……死なねぇんだよっ!!!!」

「な……っ!?」


 どこに余力を残していたのか、イオは瞬間的に獣化してから素早く体を跳ね上げ、なんとシロンの拘束から脱出してしまった。

 しかも、それだけではなかった。


「後ろに注意しろよ!」

「きゃっ!?」


 実は何かあった時のために、イオはあらかじめ戦闘中に木に触れて魔力を注入していた。

 彼の支配下に入った木々は、その蔦をこっそりシロンの背後に伸ばしていたのだ。


 イオの指示に従った蔦は、シロンの手と足、腰、首を順番に絡め取って、最終的に彼女の自由を奪ったのだった。

 逆に雁字搦めにされてしまった少女は、宙でバツ印を書くような恥ずかしいポーズで固定された。


「……こういうのだけはホントに得意だよね」

「こういうのしか思い付かないんだよ。魔術も武術も雑魚だからな。あ、女だからって別に手加減はしないからな。さっさと管理局に帰るぞ」


 イオは拳を固めて、宙に浮かばされているシロンの鳩尾に狙いを定めた。

 気絶させてでも連れ帰るつもりなのだろう。

 もう夜も遅いので、今から帰っても夕食は冷えてしまっているだろうが。


「腹を殴られるか、首を絞められるか、生命力を吸われるか。どれか選べ」

「……そうだね……ボクは女の子だから――」


 シロンは力なく笑った。

 そして、その表情のまま言葉を紡いだ。


「――どれも嫌かな。女の子には優しくしようよ」

「いや、どれか選べ……って、あっつ!?」


 一体何が起こったのか。イオが咄嗟に周りを見てみると、なんと草木が自然発火していることに気付かされた。

 これはイオが使役する蔦も例外ではなく、激しい音を立てて導火線のように燃え尽きてしまった。


 考えるまでもなく、シロンの魔法による仕業だと分かった。

 それを理解した瞬間、イオは焦りに駆られた。

 そして、シロンも同じだった。


 燃え盛る森に解き放たれた二人の魔法使い。

 まだ勝負は着いていない。戦いは続いている。

 つまり、ここからが最終決戦になる。本当の力と力のぶつかり合いになるのだ。


「魔法を撃ち合うのって、いつ以来だっけ? 確か訓練の時に何回か戦ったけど、ボクは本気じゃなかったし、イオ君は簡単に押されてたよね

――ふふっ、どうせなら見せてあげる。ボクの火球はこんなに大きくできるんだよっ!!!!」


 シロンは、空に手を伸ばして天災級の火球を作り出して見せた。

 存在そのものが攻撃になり得るほどで、人間を倒すには十分過ぎる術式だった。


「お前の言う通り、あの時の俺は弱かった! それでも何回も訓練を重ねて、命の危機だって乗り越えたんだっ! お前の方こそ、俺を舐めたら痛い目に遭うぜっ!!!!」


 イオも負けじと地に伏せて、地面から土壌を吸い上げて、それを巨大な城に変えて見せた。

 火球を防げるか分からなかったが、それでも今までの中で一番の術式だという確信が持てた。


 奇しくも訓練の時と同じ構えになった。

 しかし、理由はどうであれ、二人とも当時の倍近い火力を発揮できるはずだ。魔力の膨大さも、術式の精巧さもそう。成長期にある彼らは、過去の全てを置き去りにして強大になっていた。

 勝利の天秤は果たしてどちらに傾くのか。


「ボクの前から消え失せろぉぉぉぉっ!!!!」

「この救えねぇバカが! いい加減に諦めろよぉぉぉぉっ!!!!」



◆◆◆



 悠久の時を生きた森林は、人間の争いに巻き込まれて、その命を終えることになった。

 枝は焼け焦げ、太い幹は爛れ、葉は飛ばされ、根は掘られ、散々な有り様だった。

 どれだけ強く生きたとしても、最後はこのように呆気ない。


 人間も同じだ。

 運命とは分からないもので、いつ命を奪いに来るのか想像すらできない。

 もしかしたら明日にでも、丸焼きにされて死ぬかもしれない。

 もしかしたら明後日にでも、首を切られて死ぬかもしれない。


 しかし、いつか必ずやって来るはずの死に対して、極端に怯えて暮らすのは変だろう。最後の最後まで笑って、天命に生きるのが吉だろう。


「――なんで勝っちゃったんだろ……ボクってば、ホントにバカじゃないの……」


 彼女は、運命の歯車が円滑に回るための尊い犠牲である。誰かに引っ張り上げてもらうまで、その役目から逃れることはできない。

 ちなみに第一にして唯一の救出役の少年は、まるで豚の丸焼きみたいに丸焦げになって、その辺に倒れ込んでしまっていた。


 あろうことか悲劇のヒロインと交戦し、無様に敗北し、外から判別できないほどの真っ黒な姿に変えられてしまったのだった。

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