25話 火と土の相性
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走り、走り、止まることはない。
地を蹴り、空を掻き、前へ進む。
彼女の音は着実に近付いている。
シロンは、太陽のように真っ赤な瞳を輝かせて、リブラ郊外の森をすり抜けるように飛んでいた。
文字通り飛ぶのである。
両手を斜め下に突き出して爆風を発生させ、そのエネルギーで枝から枝へ飛び移っているのだ。
ヴァーゴとリブラの国境付近は鬱蒼と木が生い茂っており、彼女の移動手段として一役買っていた。
「ふぅ……はっ……よっと」
さも当然かのように飛行しているが、実はこれは人間離れの業だ。
風向きを読み、的確に自身を運ぶ魔法の爆発力。
枝から飛び上がる跳躍力。
それを絶え間なく遂行する集中力と忍耐力。
どれが欠けても飛行は不可能である。しかもシロンは齢十五にしてそれをやってのける。これを数百年に一人の天才と表さなければ他に何と呼べようか。
「――誰かいるの?」
森に入ってしばらく経った頃、シロンは微かな物音を聞いて一本の枝にしゃがみ込んだ。幹に手をついて体を支え、近付いてくる音に集中する。
ドッドッと何者かが地を蹴る音が聞こえたが、しばらくすると消えてしまった。足音が消えるなんて何とも不思議な話だ。
地上を移動しているなら必ず足音がするはず。
シロンは引き続き音を探るが、次に音が聞こえてきたのは自分の目の前からだった。
伏し目がちに物音に集中していたシロンはすぐに顔を跳ね上げて、自分の正面にある枝を見た。そこにいたのが虫や折れた枝なら良かったのだが、彼女の予想に反して枝に落ちてきたのは人間だった。
「おい、こっちは腹減ってるんだぞ」
「はぁ……なんで追ってきたの――」
その人間は、顔をしかめて不満を露にした。
その人間は、仮面の下に優しさを隠していた。
その人間は、シロンが今一番会いたくない少年だった。
「――イオ君」
「いや、同僚が行方不明になったら追うだろ」
屈んだ姿勢から、シロンは立ち上がった。二つの枝の高低差もあって目線がイオとピッタリ合った。
彼らが同じ目線に立てたのは、地味に初めてかもしれない。
「……で、管理局から逃げた理由は何だ? 俺で良ければ聞くけど」
「ボクの言うことなんて聞いても分かんないよ」
「まずは話せよ」
「いいや、話さない」
「……じゃあ、どうすれば良いんだ。このまま何の成果もなしに帰れってか?」
「うん、イオ君にはどうにもできない。黙ってボクと別れることしかできないから」
「そんなことあるかよ」
「世界は広いんだよ。どうにもならないことなんて一つくらいある」
「例えば何だ?」
そう言われたシロンは、また顔を下げた。
しかし、すぐに顔を上げた。その時の彼女は、今までの彼女とは全く違う表情をしていたので、イオは思わずギョッとして引けを取ってしまった。
まるで別人と敵対してしまったような気分に陥っていた。
「――イオ君は裏切り者を許せる?」
「裏切り者? 誰のことだ? マイアさんもハレーも一応許したが」
「ボクがヴァーゴからのスパイだって聞いて、それでもボクを許せる?」
「……は?」
唐突な暴露に、イオの脳は混乱した。
シロンがヴァーコからのスパイだなんて、そんなことありはずがい。現にそのような素振りなんて見たことないし、彼女が何をしたというのだ。普通の局員と何ら変わらない生活を送っていただろう。
少しも怪しくないのに、スパイだと?
「お前が……スパイぃ……? はぁ? いつからスパイやってたんだ? もしそうだったとして、俺に何をした? 悪いことをしたのか?」
「管理局に入る前、君と出会うずっと前から。君のことを気に入った人のために情報を流してた」
「……いや、は、はぁ!? な、何でそんなバカみたいなことするんだよ! ってか、そんなことをしておいて、何で今更シロンは逃げるんだよ!」
「知りたい?」
「今すぐ教えろ!」
最初は二人とも神妙な面持ちだった。
しかし、イオは酷く激怒し、シロンは驚くほどの冷徹さを見せ、そこには大きな温度差ができてしまった。
これでは対話もままならない。それに問題の解決たって遅れてしまう。なぜなら融和を拒んで敵対姿勢を取ったから。
二人は感情をはっきりと表に出して、木の枝の上で睨み合った。
それから十数秒後、イオの要求を受け取ったシロンは枝から飛び上がり、殴り掛かってきた。
「――知りたかったら、ボクを止めてみてよ」
顔面に飛んできた拳を避けた勢いで、勢い良く枝から転落してしまったイオ。
そして、彼に続いて地面に降りたシロン。
落下の衝撃に身を捩るイオに対して、シロンは全く意に介することなく闘志を向けてきた。
急に始まった戦闘に理不尽さを覚えつつ、彼は良心からシロンを引き止めにかかろうとした。
「い……ったたた」
しばらくして、イオは押し潰された蟻のように不格好に立ち上がった。『不死』が働いているため、このような痛みに屈することはない。それでも精神的には結構効いていた。
それでも、彼の視線はシロンの瞳だけを真っ直ぐに捉えていた。
「ここでイオ君を倒してヴァーゴに帰るよ。死んだフリをするなら今の内だね」
「はは、俺は……っ、生憎……絶対に死ねない。だからさ、だからっ、シロン――」
文句を吐き捨てたのと同時に、イオは体中から鈍い音を響かせて自己再生を行った。
骨を継ぎ、肉を繋ぎ、血を通わせた。
脳内に広がる膨大な倦怠感を抑え込んで、彼はファイティングポーズを取った。
「――っ! ゴチャゴチャ言ってないで、とりあえず俺と管理局に帰ろうぜッッッッ!!!!」
語尾に力を込めて、イオは瞬間的に獣化した。
そして、シロンも対抗するように赤黒い火炎を掌から顕現させた。
どちらも本気でやり合うようだ。
あまりの熱気に草木は焼け焦げ、小動物たちは逃げ出してしまった。だんだんと気温も上がり、イオたちは額から汗を流し始めた。
しかし、それでもイオは熱気に耐えた。
耐えた先に望むものがあると信じて、彼はポーズを崩さなかった。ここから逃げ出すまいと自分に何度も言い聞かせた。
目の前にいる少女を本気で打ち倒そうと、心の奥底で固く決意した。




