23話 音を拾って
リブラ管理局の廊下を走るのは危険だ。
怪しい薬品や貴重な文書を持っている人がたくさんいるから。
イオとペルセウスはそれをよく知っているので早歩きで局長室へ向かった。
角を曲がり、階段を上り、大きな扉の前へ来た。
「……早かったの」
そこにはアークトゥルスが待ち構えていた。
なぜわざわざ部屋の外にいるのだろうか。
「ペルセウス君から聞いておるな?」
「いえ、何も聞いてませんけど」
「すみません!」
「……実はな、シロン君の行方が分からなくなってしまったんじゃ」
「そうですか」
内心では「またいなくなったのか」と思った。
なぜならシロンを探すことは昼の内に経験していたからだ。
あの時、彼女は屋上にいた。
彼女は最近悩み事を抱えているようで、所々不安な挙措が目立っていた。おそらく今回もそこにいるだろう。
「それ昼にも――」
「君は局内放送を聞いとらんかったのか?」
「イオ君は入浴していたような気がします!」
「あ、そうです。浴場にいました」
「浴場内にも流れるはずじゃが」
「……風呂でグッタリしてました。すみません」
巷では風呂で眠たくなる現象が囁かれており、実際に眠ってしまう人も多数いるようだが、それは大変危険な行為なので避けた方が良い。
イオは、湯船に長く浸かっている時に瞬間的に心地良さを感じ取り、あえて気絶することで『不死』による不眠から逃れて気を休めていた時間があった。
きっとその時に放送が入ったのだろう。それで全く心当たりがない訳だ。
「話を戻すが、放送で呼んだにも関わらずシロン君が呼び掛けに応えんかった」
「それなら局内を探せば――」
「いやいや、探す宛てがなくての。そこで君の助けを借りたいんじゃ」
イオは一瞬の戸惑いを感じた後、自分に何を求められているかをはっきり理解した。
『耳』の精霊だ。
あの二人の精霊使いがいない今、人探しに一番適しているのはイオだ。
だから、彼は頼まれる前に聴覚可能範囲を管理局全体に広げた。あらゆる雑音が思考を阻害してくる中、足音や心音だけを丁寧に聞き分けていった。
ドクンドクン、と力強く脈打つのは男。
それも大柄なヤツ。
トクットクッ、と弱く脈打つのは小柄な人間。
多くの場合は女。
そして、ずっと一緒にいて知ったことだがシロンは不整脈で拍動は強めである。
このように条件付けして対象を絞った結果、シロンに該当する音は――なんと見つからなかった。
「シロンは管理局の外にいると思います」
「随分と早いな……と、言い忘れておったがシロン君が外出したところを目撃した職員はおらんよ。外出届も出されておらん」
イオは驚いた様子でアークトゥルスを見た。
なぜなら二人の情報を擦り合わせた場合、どちらかの情報が不完全であることになるからだ。だから、イオはめげずに二度目の聴音を行った。
しかし、いくら聞けどもシロンが発する音は聞こえなかった。
間違いなく外にいるとしか思えなかった。
「恐らくですが、誰にも見られずに抜け出したとしか思えません」
「そういうことなら、どうにか君が連れ帰ってきてくれぬか?」
「……俺がですか?」
「そうじゃ。彼女は年頃である。理由もなしに管理局を抜け出すとは考えにくい。それなら一番年齢が近い君が適任じゃ」
「僕もそう思うよ!」
「分かり……ました」
アークトゥルスとペルセウスに押され、渋々シロンを探す旅に出ることにしたイオ。まあ、旅と言ってもそこらの街までだろうが。
そもそもイオとシロンは数時間前に会話をしたばかりなのだ。いくら魔法に長けた彼女でも、この短時間で遠くまで行けるはずがない。
すぐに見つかるだろう、そんな軽い思いでイオは依頼を承諾した。
「すぐに行った方が良いですよね?」
「あぁ、夕食までには帰るように」
「もし間に合わなくても、僕が君たちの分を取っといてあげるよ!」
「ははっ……ありがとうございます」
イオは颯爽と局長室を後にした。
そうして、二人と一緒にロビーへ来たが、既に消灯間近なので正面玄関の扉は閉め切られていた。近くの警備員に許可を取った後、ゆっくりと大扉を押し開けてもらったのだった。
扉の隙間からは温い夜風が滑り込んできて、近くにいた職員が声を上げてこちらに振り向いた。
しかし、イオは気にしなかった。
なぜなら彼の全神経が、精霊の操縦に注がれていたから。今は聴覚可能範囲を近くの街まで拡張し、脳が焼け上がる思いで足音や心音を拾っていた。
このくらいなら大丈夫だろうと侮っていたが、意外と脳への負担が重かった。
これでは長く保たないだろう。
「どこに行ったんだよ、シロン……こっちは頭痛がやばいぞ……」
そんな愚痴を垂れ流しながら、イオは夕闇の街へ溶け込んでいった。




