19話 願っても
「へっ……へっ……あー、出なかった」
そう言って盛大に顔をしかめたのは『不死』にして牛の混血である土と木の魔法使い、イオ。
彼はペルセウスとの一戦を乗り越えた後、水分補給を行っていた。そこでくしゃみをしそうになったのだが、結局出なかったという訳だ。
「誰かが君の噂をしたのかもね!」
「ははっ、管理局の先輩女性陣に目を付けられたのかもしれませんね」
「それはないよ!」
「…………」
笑顔で物凄いことを言われた気がする。
しかし、ペルセウスの顔を見つめても、その表情はピクリともしない。
きっと何かの聞き間違いだったのだろう。
「君はどっちかって言うと、同年代か年下に受けそうな性格だよね!」
「あっ、そういう……ちなみに俺は年下は苦手なんですけどね」
聞き間違いではなかったが、バカにされた訳でもなかったらしい。
そのまま真顔で会話を続けた。
「なぜ苦手なんだい?」
「んー……年下と一緒にいると、どうしても頼られる形になるじゃないですか。俺はそんな責任感も持ち合わせてないっていうか……それよりは年上の女性に頼った方が気楽っていうか……」
「そんな理由なんだね!」
口調こそ変わっていないものの、ペルセウスは動揺を隠し切れていなかった。おそらく今まで接してきた中で築いたイオのイメージと、今のイオのイメージが相反していたからだろう。
どこか粗雑な性格をしていて、かつ多人数でいることを嫌うイオが、誰かに頼りたいと言い出すとは普通は思わない。
「……実は僕には頼れる親戚がいてね、いつも姉みたいに気にかけてくれるんだ! 君に姉か妹はいるのかい?」
「いますよ、妹が……あれ、どうだっけ……妹?」
ここで記憶喪失の弊害が顔を覗かせた。
常識や生活知識に関しては問題ないのだが、家族や元の世界の環境については全く思い出せないのが辛いところだ。
どれだけ頭を捻っても名前が出てこない。自分が持ってるのは姉だったか妹だったか、それも全く分からないのだ。
まるで最初からいなかったみたいに。
「なんかごめんね! わざわざ思い出せないことを聞くなんて!」
「い、いえいえ……いつか思い出したら話しますよ。きっと盛り上がります」
「そうだね!」
最後の言葉を放ったのと同時に、ペルセウスは勢いよく立ち上がった。
しかし、立ち上がって何かを話す訳でも、試合を再開する訳でもなかった。イオの何気ない返答が彼の脳中で逡巡を生んでいたのだ。
(いきなりこんな世界に来て、いろんな問題に巻き込まれて、よく平常心を保っていられるね。もし僕が同じ状況だったら……考えるのも憚られる)
「どうしたんですか?」
「いや、そろそろ続きを始めようか!」
何度も傷も受けるなら、それをカバーできるほど強くなるしかない。もうイオが身を置いている環境は安全ではないのだ。
いつ世界が牙を剥いてくるのか分からない状況にいる以上、できるのは鍛練を積むことだけ。かかる火の粉を振り払いたいなら、振り払えるだけの力を身に付けなければ。
それもせずに助かりたいだの、そんな言葉を垂れ流すならソイツは笑い者になるだけだ。
だから、ペルセウスとしてはイオを愚かな道へ進ませる訳にはいかないと思っていた。
(酷いよね、この世界は。どうして嫌なものばかり手元にやって来るんだろう――)
ペルセウスは思わず空を仰いだ。
悩み事が脳内を埋め尽くす時、答えは空に浮かび上がってくる。
彼は、そう思い込んで思考を鎮めることを心掛けているのだ。
(――好きなものだって手に入れてないのに)
しかし、願えど思考は荒ぶり続ける。
理性を持たない獣のように。




