18話 狼、がんばる
「……や、やぁっ! はぁっ!」
「あ~ダメダメダメ」
ここはリブラ魔法管理局の裏庭。
ペルセウスの頼みにより、シリウスとベルザはここで訓練を続行していた。どうやら今は火魔法の練習に励んでいるようだ。
成果はあまり芳しくないようだが。
「余計な力が入っていますね。特に……ここ、脇腹の辺りかしら」
「そうですか……」
「そうなのよ。魔法というものは意識して出すものじゃなくて、強い感情に引っ張られて自然と出るものなの。焦りは禁物よ」
「分かり、ました……」
ベルザは一応男ではあるのだが、なぜか徹底的に女言葉を話す。
しかし、シリウスはもう慣れたようだ。彼の言葉の一つ一つを噛み砕き、徐々に自分の中に取り込んでいた。
「はい、もう一度やってごらんなさい」
「――はぁっ!」
シリウスの手から放たれた炎は、やがて真っ赤な花に変化し、そのまま空へ立ち昇った。
だが、魔法は勢いを止めなかった。
「あ、あれ……? ひ、火が消えません!」
彼女は魔力の出力を誤ってしまったらしい。空に立ち昇った真っ赤な火は、一瞬にして真っ青な業火に変貌してしまった。
そのあまりの勢いに、シリウスは怯えて尻もちをついた。
「――あらよっと」
そこでベルザの出番がやって来た。
と言うのも、彼は『火星』の名を冠する火魔法のスペシャリストだ。このくらいの火を抑え込むのに苦労はしない。
さっと手をかざした途端、シリウスの手から漏れていた炎は見る見る内に小さくなって、やがてプツンと風船が割れるように消滅したのだった。
「すみません……ありがとうございます」
「こんなの気にしないことね」
「……あの、私には本当に魔法の才能があるのでしょうか? 何だかいつまで経ってもうまくなれない気がして……」
「才能があるかないかで言えば、断然あるわよ」
「ほ、本当ですか……?」
行き当たりばったりで、いつまでも魔法が上達しないことに頭を悩ませていたシリウス。
彼女はとうとう師であるベルザに胸の内を隠すことなく明かした。
彼女は生まれついての天才で、獣化にも魔術にも適正があると周囲から称えられていた。
しかし、それも遠い昔の話だ。実際にリオの戦場に身を置いてみると、全く別の世界があることに気付かされたのだ。
繰り返される残酷な命の奪い合い、志半ばで倒れ行く仲間たち。隣国との戦争に巻き込まれ散っていった人間は数知れず。
彼女は、強さに恵まれただけでは何も意味がないと脳に叩き込まれた。
そして、戦争を知った日からは足掻くように鍛練を重ねた。少しでも歩みを止めれば死神に足を捕まれてしまう、そんな思いで必死に頑張った。
だから、ここでベルザに誉めてもらえたのは少しだけ救いになった。
「火が青色になってるのは、あなたが魔法を十分に理解できてる証ね。あとは魔力の出し入れを徹底的に意識するだけだわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、少し頑張ったくらいで成果を得られるなら苦労しないわ。継続することが大事なの、いい?」
「はい!」
シリウスは小さくガッツポーズを決めた。
そして、とある少年の姿を思い浮かべた。
(いつかイオみたいな魔法使いになるんだ……皆を守れる魔法使いに)
この時、管理局のどこかで盛大なくしゃみの音が響いたのは、たぶんきっと気のせいだろう。




