17話 災禍の萌芽
「――あっ」
暖かい日差しに包まれ、優しい風に撫でられ、イオは意識が落ちる一歩手前まで追い詰められていた。
しかし、そんなフワフワとした快感も一瞬で晴れるような事実を彼は思い出した。
「アークトゥルスさんが呼んでたぞ! って伝言をもっと早く言いたかった……っ!」
「え、なんで!? ボクまだ悪いこと――」
「例の事件について状況整理をしたいらしく、関係者は全員集まることになってたんだよ! シロンだけ見つからなくて、それで……とにかくだ! 今すぐ行ってこい!」
「わ、分かった!」
シロンはすぐさま立ち上がり、足を段差に引っ掛けながら屋上から出ていったのだった。まるで雷のように素早い動きだったが、それほどアークトゥルスを煩わせたくなかったのだろう。
バタン、と雑に開かれたドアの音に続いて、ドシンドシン、と階段を下りる音がして、それが徐々に遠ざかっていった。
そして、その後は音が完全に聞こえなくなり、また静寂がイオの下に戻ってきたのだった。
そよ風の調べに、葉擦れの合唱。
心地よい環境音が彼の鼓膜を満たした。
そして、相も変わらず雲一つない晴天が視界を埋め尽くすように広がっていた。
「寝ちまいそうだ……って、俺眠れないんだった」
あまりに良い気分だったもので、どうやらイオはそれを眠気と勘違いしていたらしい。何とも幸せな勘違いだ。
確かに、彼が無心に目を閉じても眠りに落ちかける感覚は一向にやって来ないから『不死』の力は恐ろしいものだ。
「……とりあえずペルセウスさんのとこに行くか」
そう思った時、イオの脳裏に反射的に浮かんできたのはゲミンガとスピカの悲惨な姿だった。あれは何度思い返しても身の毛がよだつ光景に違いないが、恐ろしさの中に一種の哀れみが混ざっているのが自分でも何となく分かった。
あの姿を見た時、体だけではなく心も治したい、前みたいに笑って欲しい、とイオは心の底から強く願った。
例の事件とは、本来のターゲットであるイオの意識を介さずして蒔かれた種、そこから伸びた蔓に不運にも絡まれてしまったことで起きたものだ。
解決するためならば、彼が自力で根から断つことさえ視野に入れなければならないのだ。全てを背負って、全てを破壊するのだ。
「――俺がこの世界に来たばっかりに」
なぜ自分だけが失われた魔法属性を扱えるのか、なぜ自分だけが『不死』なる恩寵を授かることができたのか。
その答えは未だに掴めていない。
しかし、掴んでやろうという気にもならない。
ただ異世界にやって来たことで発生した歪みを解消する。彼の目的はこれだけだ。
元の世界に帰りたいという自分勝手な願いなんて今は二の次だ。いや、もっと後回しかも知れない。
とにかく放ってはおけないのだ。
それからイオは、いつになく神妙な面持ちでペルセウスの下へ向かった。
彼の武芸の師匠となる男は、管理局の二階の小さな庭で黄昏れていた。そこにシリウスやベルザの姿は見えなかったので、どうやら彼らは訓練の場所を変えたようだと推測できた。
「お、用事は済んだのかい?」
「はい」
「じゃあ、早速戦おう!」
「……お願いします」
ペルセウスは、何をするにも始めるのが早い。
もし相手がメルガやマイアだったら、悩みを隠し切れていない顔について根掘り葉掘り聞かれていただろう。
「あ、先に言っておくけどね! 余計なこと考えていたら僕の拳が突き刺さるからね!」
「は、はい……」
「それにもう一つ! この場所はベルザ様に無理を言って譲ってもらったんだ! 君、中庭じゃ居心地悪そうにしてたし!」
「ええ……あ、ありがとうございます?」
ペルセウスの言ってることが滅茶苦茶過ぎて、イオの思考は全て吹き飛んでしまった。これが彼なりの気遣いなのか、それとも自然体なのか。
それは彼以外の誰も知る由などなかった。




