14話 向かい風の吹く道
アークトゥルスは、極めて柔らかい言葉遣いでゲミンガたちに語りかけた。
ちょうど正午に差し掛かる頃、リブラ魔法管理局の一室で事情聴取が執り行われたのだった。
「思い出せる範囲で良い。ヤツはどのような姿じゃった?」
「えっと、フードを深く被っていたので俺は詳しく説明でき――」
「――血みたいに真っ赤な瞳で」
「ふぇっ!?」
「……続けたまえ」
シリウスとイオは、例のフードの男の顔を見られなかった。だから、説明もできなかった。
しかし、彼らの隣にあるベッドで寝ているゲミンガたちは違うようだった。固く結んでいた口をゆっくりと開いて、その時の状況を克明に語り始めた。
彼が喋るのはいつ以来だろうか。
「水色と金色が混ざったような髪色……宝石みたいな髪色だった。んで、そいつは――」
「……ふむ、続けなさい」
「クソ強かった」
ゲミンガの強みは『目』だけではない。
幼少期にアークトゥルスに引き取られて以降、彼は体術と魔術の両方を教え込まれたのだ。それも十数年間ほど。
言うまでもなく、彼はそこらの管理局員とは質が段違いなのだ。
そして、それはスピカも同じだ。
彼女はゲミンガより魔術が奮わなかったが、体術に関しては管理局の誰よりも適正があった。
もちろん『足』がなくても、対人戦ではそれなりに戦えるはずだ。
そんな二人を、フードの男はいとも簡単に追い込んだのだ。
ただ者ではないことだけは分かる。
「――付け加えると、ヤツは風魔法使いでした。空から物凄い速さでやって来たんです」
「わ、私も見ました!」
とても強い風魔法使い。この情報だけで個人を特定するのは難しい。
それこそ、条件だけを見るなら世界中の風魔法使いが容疑者に当てはまってしまう。
「聞く限りでは、ヤツはレグルスと互角にやり合ったそうじゃな」
「はい」
「……恐ろしい」
そこでは既存の情報を共有しただけで、新しい手がかりを掴むことはできなかった。
まあ、それもそうか。
彼は突然やって来て、突然奪っていったのだ。そんな嵐のような人物が簡単に見つかる訳がない。
ゲミンガとスピカに簡単な健康診断を行った後、アークトゥルスは静かに療養室を出ていった。ゲミンガは彼の後ろ姿を目で追って、また固く口を結んで窓の外を眺め始めた。
しかし、スピカは終始眠っていた。
この状況を打開する鍵が一つでも見つかれば、という思いで協力した事情聴取だったが、イオからしたら特に意義は感じられなかった。
むしろ自分の無力さを改めて知らされるようで不快に思ったのだった。
「なあ、シリウスはこれからどうする? 俺はシロンをアークトゥルスさんの所に連れていった後に、ペルセウスさんと訓練をしようかなって思ってるんだけど……」
「私はベルザさんの所に行くよ。忘れ物しちゃったから」
少しの賑わいも束の間。そうして療養室は静寂を取り戻したのであった。
彼らは療養室に残り続けるのが気まずくて、雰囲気に耐えかねて外に出た。
イオはシリウスと別れ、ペルセウスと談笑しつつ廊下を歩いていく。廊下の向こうでは職員たちが忙しく働いており、至る所から声が響いていた。
ゲミンガたちが鬱になって寝込んでいても、残酷なことに世界は動き続ける。空きが出たとしても、他の人間が代わりになって歯車を回し続ける。
つまり、過去の問題をいつまでも引きずっている時点で、イオたちは既に置いていかれた存在になってしまっているのだ。
たまには時間を忘れて考え事でもしたいが、世界はそれを許してくれない。こうしている間にも悪の傀儡たちは毒牙を研ぎ、今か今かと侵略の機会を伺っているはず。
そう、立ち止まっている暇なんてないのだ。
だからこそ、イオはある提案をした。
「あの……突然なんですけど」
「どうしたんだい?」
一旦顔を下げてから思考を整理し、再び顔を上げて言った。
遅れを取り戻すべく、イオは策を講じた。
「俺、ゲミンガさんとスピカさんに元気になってもらいたいです」
「サプライズでもするのかい?」
「いえ……強くなります」
ペルセウスは一瞬だけ真顔になった。
イオの瞳の奥に何かを見ているようだった。
「フードの男の本来の狙いは俺なんです。だからもっと強くなって……いつか絶対に精霊と二人の笑顔を取り戻したい。そのために強くなります」
「……くはっ、かははは!」
イオの精一杯の宣誓を聞き届けたペルセウスは豪快に吹き出した。
耐えきれず、仕方なくといった感じだった。
「――やっぱり俺じゃ無理ですか」
「いやいや違う違う! 今の笑いは昔の自分を思い出して、懐かしくて笑ってたんだ!」
「……?」
「良かった、やっも強くなるための理由が見つかった訳だ! それならこっちも本気で教えないとね!」
ペルセウスは拳を突き出して、屈託のない笑顔を見せた。
「君を強くして見せるよ、イオ! 何があっても食らい付いてきてね!」
「よ、よろしくお願いします!」
イオは力一杯拳を突き返したのだった。




