第二部 ランドセルと蝙蝠傘
『その時』は、瞬く間にやってきた。
「アンソニーだ……!」
少女が弾かれたように椅子から飛び降りたと同時に、遥か頭上で重々しい金属音が響く。
温室の閂が開く音----ついに、出撃の時が来たのだ。
「さぁ魔女ども、贖罪の時間だ!」
真紅の司祭服を翻しながら、司祭枢機卿が階段を勢いよく駆け降りてくる。
その後から、一羽の白いカラスが飛びながら付いて来る。
純白と、カーディナルレッドの対比が、まるで一幅の絵画のようだ。
「安らかにくたばりたければ骨の髄まで猊下に忠誠を見せろ!」
----このがなり声さえなければ、なのだが。
「いいか? 三分で支度だ!」
「アイアイサー!」
敬礼して見せた途端に、アンソニーは片眉を吊り上げる。
どうやらアメリカ式はお気に召さないらしい。
「アイリス、待って! 今着替えるからっ!」
部屋に駆け戻ったメリッサを追うように私も走る。
「お洋服……っ、どれがいいかな……っ?」
「動きやすいのがいいわよ、スカートじゃない方がいいと思うけど」
クローゼットに頭を突っ込んで服を探し始めた少女を横目に、私も用意された服に素早く着替える。
漆黒のスーツに黒手袋----剣を振るうには最適な衣装だ。
「私は用意できたけど……って、その格好……!?」
「……え? 何か変?」
きょとんとした少女の姿は、まるでこれから学校に行く子供のようだ。
胸元に大きなリボンが付いた白いブラウスに黒い吊りスカート、その上から黒いロングコート。
そして----二度見してしまうくらいに大きくて平べったい、黒い革の背嚢。
正直可愛い。
だが、どう考えてもこれから戦闘に赴く格好ではない。
(しまった……この子、他人の言う事を全く聞かないんだった)
「その背嚢、重くない? 何が入ってるの……?」
「背嚢なんて名前じゃなくて、ランドセルって言うの!」
重量のありそうなランドセルは諦めさせたい所だが、時間がない。
(まぁいいか、いざとなれば私が持てばいい)
「分かったから、早く行くわよ!」
「あ、待って忘れ物……!」
クローゼットにまた頭を突っ込んで引っ張り出したのは、年季の入った黒い蝙蝠傘。
「パ……パラソル……かな?」
「蝙蝠傘って言うのよ!」
こっちは蝙蝠傘でいいらしい。
「何でもいいけど、もう行くからね!?」
「うん!」
差し出した私の手を、少女は嬉しそうな顔でギュッと握った。
まるでこれからピクニックにでも行くかのような、満面の笑顔で。