空腹
「……ねぇ、聞こえてる?」
少女----メリッサの声に、私は思考の底から引き戻される。
「私、今日からここで貴女と暮らすんだって」
「……え?」
予想だにしていなかった言葉に、私は馬鹿みたいにキョトンとしてしまう。
この少女と?
私が?
ここで、この、まるで巨大な墓のようなこの穴倉で一緒に暮らす……?
モルガナの血と肉を持つと自称する、この少女と……?
「……よろしくね、アイリス」
初めて年相応のはにかみを見せて、少女は私の顔を覗き込む。
小鳥のような愛らしさすら漂う仕草だが、モルガナの名を口にした時の底知れぬ威容を思い出しただけで、私の背筋はぞくりと震えた。
「じゃ、あとはよろしくやってくれ。私は仕事が残ってるんでな」
酒屋で勘定でも支払うかのような気軽さで言ってくれる。
勘弁して欲しい。
(ちょっと待って……! 私は、まだ何も承諾なんかしてないのに……!)
だが、他人と話すのがあまりにも久し振りすぎたのが災いして、私の咽喉は意味のある言葉の代わりに小さな喘ぎを一つ零すのがやっとだった。
「コイツの荷物は後で運ばせる。私はラボに戻るぞ」
いずれにしても、この傲岸不遜な庭師にとってみれば、私の意思など端からどうでも良かったらしい。
情けない気分で私はよろよろと立ち上がる。
一応は、ここは私の家なのだ。
不本意とはいえ客人を迎えるにあたり、せめて女主人らしく振る舞うべきではないのか、などというつまらない律義さで、とにかく何か気の利いた一言でも言おうと口を開きかける。
しかし、司祭枢機卿はメリッサに背を向けるとさっさと引き返そうとした。
「アンソニー!」
少女が慌てた様子で叫んだ。
「私、晩御飯まだ食べてない!」
すたすたと階段を上っていた男は、意外にも途端に足を止める。
傍から見れば分からなくても、やはりそれなりの信頼関係めいたものでもあったか、などと思った次の瞬間、
「そこのなりそこないでも食ってろ!」
白髪の司祭枢機卿はそれだけ言うと、そのまま今度こそは振り返る事なくあっという間に視界から消えた。
「……なりそこない……」
「……お腹、すいた」
残されたのは、自他共に認めるなりそこないの魔女の私と、その私の主人であった魔女の血肉から生まれたらしい、正体不明の少女の二人----。




