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初めての朝

 薄闇の中、すぴーすぴーと規則正しく続く健康そのものの寝息を聞きながら、私は糊の利いたシーツの上に暫く横たわっていた。


 最初に浮かんだのは、この寝息が一体誰のものなのか、という間の抜けた疑問だった。


 当然ながら温室の底であるこの地下空間には、陽の光は届かない。私はただ長年の習慣通りに日の出と共に自然に目が覚めるだけだった。

 その長年の習慣を初めて破ってくれたのが、隣のベッドに寝ているこの寝息の主という----。


(そっか……この子がいたんだっけ)


 開いた瞳に天井が映っている事を確かめ、そっと寝息のする方を見る。

 よく見える。

 私の目は完全に治ったらしい。


(……忘れてた……見えるってこんな感じだったんだっけ……)

 

 久し振りの感覚に、私は感動すらしていた。


「……うーん」


 寝息の主は、今度は寝言らしきものを呟き始めていた。


「もう食べられないよぉ……」


 小さな毛布の塊が寝返りを打つたびに、零れ出た長い黒髪とシーツが微かな衣擦れの音を立てている。


 これが、朝なのだ。

 なんとも長閑な、一日の始まり方だ。


 この感じは、嫌いではない。

 私がまだ人間だった頃も、こんな風にして隣で幸せそうに寝ている存在が----。


(そうだ、マヌエルもこんな感じでよく寝言を言ってたな……)


 胸の奥が、ギュゥッと痛くなる。

 懐かしさが込み上げて来る。


 でもその温かいはずの感情は、私の場合、幸せという感情とは恐ろしいくらいに断絶している。

 むしろ必ず真逆の感情が湧き上がってくるのだ。


(モルガナ……あのひとさえいなければ、私は……私だけじゃない、マヌエルだって……)


「おはよう、アイリス」


 気が付けば、白いパジャマを着た少女がベッドから身を起して、私を見ている。


 抜け殻のように盛り上がった毛布のせいで、まるで今朝羽化したばかりのモンシロチョウのように頼りない。

 痛々しいくらいの小ささだ。


「……おはよう」

 

 私は部屋の明かりを灯す。

 魔女モルガナの気配は、この部屋の何処にも存在しない。


(昨日の夜のアレは、本当にこの子だったんだろうか……?)


「……大丈夫?」


 多分私は眉を寄せていたのだろう、メリッサが心配そうに尋ねてきた。

「よく眠れた?」

 その科白は一般的には私が言うべきなのではないかと思うが、

「……ええ、まあ」


 私が答えると、少女は軽やかに床に飛び降りた。

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