少女メリッサ
私と男のやり取りの間、少女は身じろぎ一つせずに立っていた。
落ち着いているというよりは、話の内容を全く理解していないと考えた方が正解なのかもしれない。
(この子、自分の立場をどこまで知らされているの……?)
心配している訳ではない。
今の私が親しみを覚えるとしたら、路傍の石に対しての方がまだ可能性がある。
これは苛立ちなのだ。
(だって、全然似てない……こんな子がモルガナだなんて、冗談にもほどがある……)
生前のモルガナは二十代半ばの容姿だった。
女にしては背が高すぎるとドレスを着るたびに揶揄われていた私と並んでも、さほど差を感じさせない身長だった。
しかしこの少女は----その半分もない。全くの子供だ。
ワンピースの裾から伸びた脚は、膝小僧の丸さがやたらと目立つ。
新品のサンダルから覗く桜貝のような足の爪は、触れたら砂糖菓子のように崩れてしまうのではないかと思うほどに、淡く輝いている。
(一つも似てない……私は何を血迷って……)
サンダルの底に踏まれた芝生の青い香りがふっと鼻を過ったような気がして、私は慌てて目を反らした。
私のその様子を、司祭枢機卿は黙って見ている。
「私、お姉さんを知ってる」
少女は不意に、歌うように言った。
「私はメリッサって名前なのよ」
だから、そんな名前は、私は知らない。
私は首を振ろうとした。
私が膝を折る相手はこんな見知らぬ少女ではない。
「お姉さんは、私の……」
最後の部分が聞き取れなくて、つい顔を上げてしまった途端、見知らぬはずの少女が、にぃッと笑った----ように見えた。
その瞬間、背筋を熱い電流のようなものが駆け上った。
「……ッ!?」
モルガナが、そこにいた。
私の脚から力が抜ける。
「そんな……だって、その子は……違う……」
まるで消え失せたはずの彼女の気配が、質量のあるものとして私に押し寄せ、呑み込もうとしているかのようだった。
「認めろ、これはモルガナの帰還だ」
「でも……この子は……」
上手く言葉が出て来ない。
私は再び膝をついていた。
「ほう……身体は主を覚えているのか、優秀な犬じゃないか」
男の言葉に混じる感嘆の響きに眉を寄せながら、私は少女に向かい、頭を垂れる。
「私はメリッサ……モルガナの血と肉を持つ者」
さらさらさら。
髪の流れる音がすぐそばで聞こえる。
まるで音楽のように美しい。
私は呻いた。
そう、こんな子が、人間のはずはない。
目の前に手が差し出される。
「貴女の目を治したのは、私よ」
私は引き寄せられるようにしてその小さな手に触れた。
「モルガナの血と肉……それがないと、貴女は生きられないんでしょ?」
メリッサが囁く。
「私も、同じなんだって」
「同じ?」
黒髪の少女は、習ったばかりの知識をひけらかすかのような無邪気さで、私に告げた。
「アイリス……貴女の血と肉がなければ、私は生きられないんだって」