歪な幸福
降り積もる雪に埋もれるフユボタンの花のように、私の中の『少女』がその輪郭すら失った頃、
私は十七歳になっていた。
マヌエルに教えるために学んだ学問も剣術も、気が付けば領内屈指の腕前と噂されるようになり、
皮肉にもマヌエルがそれを一番喜んでくれた。
とはいえ、当の本人は私の後にくっ付いて回るだけで、算術の本を読ませれば涎の跡を付け、剣を持たせれば蝶が止まるといった有様で、父上の眉間の皺だけが増えていったのだが。
それでも、私達は繋いだ互いの手を離す事はなかった。
算術の本を広げながらマヌエルは妖精が棲むという谷の話をし、剣を磨きながら遠い国の鉱山に棲む竜の話をした。どれも母上が揺り籠の彼に語っていたものだったが、私が忘れていた話ばかりだった。
静かに降り積もる雪に埋もれていたのは、マヌエルもまた同じだったのだ。
吟遊詩人をこっそり呼んでは飽きもせず歌に耳を傾け、自分も多くの誌と旋律をノートに書き溜めている姿を私は父上には告げる事はしなかった。
私は幸福だったのだ。
領主の娘、領主の息子としてのあるべき姿からは随分とかけ離れてしまったのだと悔悟しつつ、互いの中に自分に欠けたものを見出し、慈しむ----そんな幸福を味わっていた。
だが、歪さは、どこからともなくまた別の歪さを呼び込んでしまうものなのかもしれない。
その年の領内は不作で、村々では魔女の仕業だと囁かれていた。
隣の町には法王庁から審問官が来たらしい、
年老いた領主では魔女を捕まえても裁判は無理だろう。
噂は疫癘のように人々の間に広がっていったが、それでも、私達姉弟はまだ歪な幸福の中にい続けた。
いつしか本当の姿が見えなくなるまで雪が積もる事を願いながら、身を寄せ合っていた。
『あの日』が来るまでは----。




