遠い記憶
少女が、膝の上に躊躇なく飛び乗って来た。
「それじゃ、いただきまーす」
華奢な身体の割には体幹がしっかりしている、などと妙な感心をしてしまうくらいには、まだ余裕があったつもりなのに、
「ん……んんっ……」
唇を塞がれた途端に、私は親鳥の威厳をたちまち失ってしまう。
「んく……っ、んっ、んふぅ……っ……」
ちゅ……っ、ちゅぷっ、ちゅぅ……っ。
体内に満ちていた致死毒を、少女は無心に吸い上げる。
静かな食堂に、執拗な口付けの水音だけが響いていて、私はされるがままに少女に唇を貪られていた。
ちゅく……っ、ちゅぷ……っ……。
驚いた事に、貪られながら、私はどこか満たされ始めていた。
それは本当に、数百年振りの感覚だった。
私にも、こんな風に我を忘れるくらいに、何かを強く求めた瞬間があったのだという、
大切に仕舞ったまま忘れていた子供の頃の宝物を再び見付けたかのような、驚きと寂寥だった。
(そうだ、こんな感じ……前にもあったんだ……)
領主の長子として生まれた私を、両親は可愛がってくれた。
しかしそれは、男ではなかったという落胆が、常に薄皮のように張り付いた可愛がり方だったと思う。
成長するに従って読書を好み、見よう見真似で木の枝の剣を振り回すようになった私を、特に父上は喜びと共に、どこか紛い物を見る目で見ていた----。
自分の両親は娘の成長を手放しで喜べる立場ではない。
娘が成長するという事は、ひいては跡継ぎが生まれぬままに自分達が年老いていくという事と同義だ。
私の成長は、両親にとっては呪いだ----そう察したのがいつなのかは、もう覚えていない。
いつしか私は考えてもどうにもならない疑問を抱くようになっていた。
もし私が男だったら----父上は、私を心から愛してくれただろうか?
それは馬鹿げた疑問だった。
と同時に、切実な疑問でもあった。
だからその時から、私は少女の姿をした別の何かとして生きる事にしたのだった。




