ロンギヌスの槍
修理と増設を終えて地下室に戻って来た電算式魔術支援システムの前に、私達は集められていた。
顔ぶれとしては----私、ほぼ魔女のアイリス。
魔女メリッサ。
魔女アネモネ。
それと、アーネストを通じてカラビ・ヤウの森から私達の会話を聞いている魔女マヌエル。
ただしマヌエルは、あくまでもオブザーバーとして話を聞くだけらしい。
法王庁とは手を組まない代わりに、敵対もしないという関係でいる。
「アイリス、お前、ロンギヌスの槍については知ってるな?」
アンソニーが当然のように私に話を振る。
その肩にはカーラが乗っている。
「当然でしょ、私だって伊達にトゥーレ協会とドンパチやってたきたわけじゃないわよ」
ロンギヌスの槍----。
ロンギヌスの槍とは、所有するものに世界を制する力を与えるとの伝承があり、その時々の権力者が競って手に入れようとした、キリスト教世界最大の至宝である。
特にアドルフ・ヒトラーによるロンギヌスの槍への執着は常軌を逸していた。
第三帝国の野望は、彼がウィーンのホーフブルク王宮で聖槍の霊感を受けた時より始まったという話は、その界隈では有名だ。
ナチス・ドイツ時代に聖槍などの帝国宝物をニュルンベルクへ移管したのは、神聖ローマ帝国の後継者であることを示すためであった。
「……しかるに一人の兵卒、槍にてその脇を突きたれば、ただちに血と水流れ出づ。これを見し者あかしをなす。そのあかしは真なり。彼はそのいふことの真なるを知る……ヨハネ伝19章にはそうあるわね」
子供の頃、父親に嫌になるほど聖書を読まされたおかげで、キリストの脇腹を突いた兵士についても、ぼんやりと記憶はある。
「確か、その兵士は地方総督ピラト側の代表として磔刑に立ち会ったんだけど、キリストの脇腹から血が流れた瞬間に、病気で見えていなかった両眼が、完全に見えるようになったんだっけ?」
いわゆる、百卒長のガイウス・カシウスの奇跡である。
「アネモネ、お前はどうだ?」
「……はい、彼はその後キリスト教に改宗し、神と人類の新たな契約の象徴となり、その槍もまたキリスト教世界最大の至宝として、その時々の権力者の欲するものとなりました。実際に槍を入手したと主張する者も数多く存在している……とされています」
少しばかり硬い表情の、スーツ姿のアネモネ。
姿はキュアノス人だった頃のフォルトナのままなので、まだちょっと慣れないが、改めて見ると、とにかく体幹がしっかりしていて、姿勢が素晴らしい。
(これは稽古のつけ甲斐があるな……)
などと思いながらアネモネをチラチラ見ていたら、メリッサに無言で腕を抓られた。
「……っ!?」
ヤキモチは可愛い。
でも普通に痛くて悶絶する私----この先が少しだけ心配だ。
「……と、以上が誰もが知る話な訳だが」
「ニャア」
袖の中から肩に乗ってきたアーネストが、法王と唱和する。
「問題はここから先だ……イエスの処刑から600年後、エルサレムはペルシャ軍に占領され、この時、槍の先端部が欠けた……先端部は東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルに運ばれ、宝石で飾られた十字架の中心部に埋め込まれた。当時キリスト教の教会だったアヤソフィア大聖堂に収められ、その80年後には本体も届き、しばらくの間安置されていた」
「……そして、そこで終わらないのよね」
若干げんなりしながら、私は長い長い話の後を引き受ける。
「600年後にフランス国王ルイ9世が先端部のみを買い取り、槍の先端はパリに保管されたが、フランス革命により行方不明になる……本体は15世紀にイスラム勢力によってコンスタンティノープルが陥落した時もまだそこに保管されており、 1492年、オスマン帝国のスルタンバヤズィト2世は、かつて聖墳墓教会にあったとされる聖槍を教皇インノケンティウス8世に贈った……これが本物として現在でもサン・ピエトロ大聖堂に保管されているが、未だに非公開なのでした……はい、めでたしめでたし」
「それが全然めでたくないんだな」
法王ピウス十三世の苦虫を噛み潰したような顔で、私は大体の任務を察してしまう。
「サン・ピエトロ大聖堂のロンギヌスの槍は実はレプリカで、本物は別の場所に隠されていたのだけど、それがバレた……ていうか……もしかしてトゥーレ協会にバレて襲撃されそう……とかいう話……?」
「どうだ? 腕が鳴るだろ?」
----勘弁して欲しいんですけど。
「あの、その場所っていうのは……?」
「機密事項です」
カーラが朗らかに即答する。
「……出発は?」
「現時刻を以て作戦開始です!」
あはは。
歴史がほんのちょっと変わったくらいで、魔女に人権なんてある訳ないですよねー。
(……goddamn!!)
こうして私はまた一つ、新しい言葉を身体で覚えたのだった----。




