post mortem
午前二時。
魔女と法王の逢瀬は、結界に護られた深夜の中庭で密かに行われる----。
生垣に沿って曲がりくねる小道を、私達は無言で歩いていた。
獣道のように狭い道に響くのは、規則正しく砂利を踏み締める二人分の足音。
それと、あちこちから聞こえてくる微かな噴水の音だけだ----。
私とアンソニー以外の気配はない。
見上げた夜空には、目に見えない精巧な結界が張り巡らされている。
法王のみが使う事を許されている秘密の中庭も、全く変わらぬ姿で残っていた。
「……この辺でいいんじゃない?」
私の声に法王ピウス十三世は、歩みを止めた。
大理石で出来た小さな聖母像が、闇の中でほの白く浮かび上がっている。
「それ、相変わらず私には全然効かないわね」
「信仰なき者に神の力は効かないからな」
この男は、相変わらずそんな事を真顔で言う。
「……神とは代数みたいなものだと、前も言っただろう?」
「説明を付けられない物事に、とりあえず説明を付けるために存在している、だっけ?」
噴水の音だけが静かに響いている。
この中庭に風は吹かない。
「そう考えると、少なくともこの地球では魔女ほど神に近い存在は、ない」
「……今でもそう考えてるの?」
呆れた声の私を、ヴァチカン随一の狂信者と呼ばれた男は、フンと鼻で笑った。
「あのな? いきなり惑星機構だのキュアノス人だのマキナシステムだのの存在を知らされたんだぞ? そうでも思ってないと、法王でござい、なんて正気で名乗れんだろ……?」
「……多様性への理解が深いのね」
私の言葉にアンソニーは、ひとしきり笑った。
「そういや、確か前に、イエス本人には奇跡を起こすような『力』は特になくて、弟子の中に『魔女』がいたのではないかという話もしたな」
言われてみればそんな話をした気もする。
「その理論だと、魔女という存在を歴史から消した途端に、キリスト教自体が存在しなくなるとは思わなかったのか?」
「うーん、正直その辺はあまり気にしてなかったわね……」
白亜の大聖堂を見上げて、私は言葉を探す。
「私は、歴史の自己修復性に最大限の信頼を置いてたから……『力』を持つ人間がいなくなっても、右脳が異常に発達した人間がその穴を埋めると思ったし……魔女の存在以外の改変は、なるべく起きないようにしたつもりよ。いわゆる歴史のゆりかごの時代と、枢軸の時代は、人類の歴史には絶対に欠かせないし、そこには必ずアトランティス由来の知識や神話が、そうとは知られずに含まれていたはずだもの……だから、魔女が存在していた時の歴史と同じタイミングで、ゆりかごの時代と枢軸の時代が発生するよう、マヌエルにアトランティスの住民を少しずつ地上に戻してもらったの」
「……お前達姉弟は、たまに、どちらが魔女で使い魔か分からなくなるな」
私は、とアンソニーは呟いた。
「私は、今でもホーキングの時間順序保護予想説を支持しているがな」
「それって、自己修復時間そのものを否定してるやつ?」
物理のルールは絶対であり、タイムトラベル自体を否定する、そんな内容だったはずだ。
「……あ、もしかして! 貴方達はその理論を使って、庭園管理局の魔女に関するモノだけを保護したとか……!? だからタワーが熱暴走しかけたんじゃないの!?」
「……さぁ、どうだろうな」
法王は唇の端を少し歪めただけだった。
「結局のところ、それが科学だろうが魔法だろうが、自分の信じたい説を駒にして勝負するしかないんだ……お前はその勝負に勝った」
「……アンソニー、貴方もね」
私はもう一度大聖堂を見上げる。
白い法衣の男も私に倣う。
「……ま、互いに危ない橋を渡った訳だ」
灰色の子猫が、するり、と法衣の袖から出て来て法王の肩に乗る。
その顎を指先で撫でながら、アンソニーは大聖堂をしばらく見上げていた。
「私は、所詮この狭い箱庭のような世界でしか生きられない男だ……だが、お前なら何処に行っても生きていけるだろう……正直羨ましいよ」
「あの、私は別に野良犬とかじゃないんですけどね……」
私はメリッサのいる場所に一緒にいるだけだ。
それが私の望みであり、生きる意味だから----。
「さて、ここからが本題だ」
法王は、おもむろに私に向き直る。
「タワーの修復の目処がついた」
「……で?」
思わず後ずさった私に、法王ピウス十三世は満面の笑みで告げる。
「明日からさっそく楽しい仕事だぞ! 腐れ魔女共よ、新生ストライガとして神に仇なす不届き者を一人残らず殲滅するんだ……!!」
「だからそういうとこだって……!」
アーネストが、「ニャア」と鳴いて、大きな欠伸をした----。




