主従とかじゃなくても
いつもの温室。
いつものように、穏やかな日差しの中で私は色とりどりの毒の花を摘む。
小振りのラッパのような黄色い花は、エンジェルトランペット。
その下で連なって咲く白い花は、ダチュラ。
ベラドンナ、シュロソウ、キングサリ----。
どれも可憐な、そして死に至る花達。
そして、私の血肉になる糧----。
一輪ずつ丁寧に手折って、籠に入れていく。
いつもと違うのは、隣にメリッサがいる事だ。
「……この温室でこうしていると、今までの出来事が、全部夢みたいな気がする」
中庭の温室も、そこから地下に向かう螺旋階段も、私達の部屋も食堂も、テーブルも椅子も、何もかもが、変わらずにそこにあった。
そして、今は使われていない部屋に残された、赤く錆びた金輪と鎖も----。
電算式魔術支援システムだけが、地下室から忽然と消えていた。
「タワー? あー、アレね……アンソニーが庭園管理局管理下にある魔女及び魔女に関する資料、並びに施設、えーと、その他関連する全ての物については『時間の自己修復』から防御する……ってやったら、最後に熱暴走を起こしかけたらしくて、今ラボで突貫工事で直してるんだって」
「そっか……カーラ、本当に全力で頑張ってくれたもんね……」
時間の自己修復、という科学の理論。
それを撥ね返す、魔法という名の理論。
科学と魔法----。
もし、神がどちらも創り給うたのだとすれば、この二つの領域を隔てる垣根の上に立つ、私達魔女と、法王と、カーラ達AIの違いは、一体何処にあるのだろう?
「……アイリス、どうしたの?」
花を摘む手が止まっていた私の顔を、メリッサが覗き込んでくる。
「あとは私がやる?」
人間、突然優しい言葉をかけられると不安になるものだ。
「……そっちこそ、急にそんな事言い出して熱でもあるんじゃない? 大丈夫?」
「ひどーい! いつも私が貴女をこき使ってるみたいな言い方しないでよ……本当に心配してるのに……」
少女は、頬を膨らませる。
「……なんて、本当は……アイリスがその花を食べてくれるのか、それが心配なの……ごめんね」
「どうして……? だってこれを私が食べなきゃ貴女はお腹を空かせて死んじゃうでしょ?」
私の言葉に、メリッサは目を丸くした。
「だって、もう舌が……味がするんだよ? 毒の花だよ!?」
「味がしてもしなくても、毒の花なのは同じでしょ? 私がちょっと苦いサラダを食べて貴女が元気でいてくれるなら、いくらでも食べ……」
言い終わらないうちに、メリッサが抱き着いてきた。
身体は小さいくせに勢いが物凄いせいで、私は危うく毒の花畑に押し倒されるところだった。
「アイリスの、そういう所が……好き……大好き……ッ!」
うんうん、と頷きながら私は何度も少女の頭を撫でる。
「……本当の事を言うとね、私も少し心配だったの……貴女があのマキナの開発者で、私にはそのマキナの『心』が入ってた、って話……」
「やっぱりマキナがいなくなったら、私の事は好きじゃなくなった……?」
それが不安で温室まで付いて来たのか。
そこまで心配するくらいなら、マキナを入れたままにしておけば良かったのに----。
でも、メリッサは、それが自分なりの決着だと考えたのだろう。
たとえそうする事で主従関係が消えたとしても、マキナの『心』を、囚われていた『呪い』から解放したいと思ったのだ----多分。
「あのねメリッサ……私は……主従とか関係なくても、貴女の事が大好きみたい」
やっと落ち着いた少女が、私を見上げた。
泣くまいとしているのか、唇が微かに震えている。
「……もし私がモルガナでなくなっても?」
「当たり前でしょ……!」
ギュッと抱きしめると、安心したのか、しばらくそのまま私の腕の中で泣いた。
日が傾く頃まで泣いた後、メリッサは私と手を繋いで螺旋階段を下り、一緒に井戸で花を洗った。
「じゃあ、食事にしましょう」
白い大皿に盛った毒の花を、私は食べる。
大切な人がお腹を空かせないために。
大切な人が笑顔でいてくれるために。
このくらい、何でもない。
「うわ! 思ってたより不味い……!!」
何でもなくなかった----。
「……だ、大丈夫?!」
メリッサが慌てて駆け寄って来た。
「う、うん……慣れれば、平気……かな……?」
心を無にして噛み締める。
味覚は時には暴力にもなるらしい。
「まあ……その、火炙りよりは全然平気……!」
「ありがとうアイリス……」
メリッサが泣き出す前に、私は次々と花を口にする。
「うん! 結構慣れてきた……! かも……」
身体は正直、という言葉の意味を心底理解しながら、私は毒の花を完食した。
メリッサはその間ずっと私の横に座って、離れなかった。
その日の食事は、とてもとても、長かった----。




