↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
450/454

2026年、8月のチョコレート

「お、そうだ、お前食事の前にコレ食ってみろ」


 そう言ってアンソニーが差し出したのは、見覚えのある一枚の板チョコだった。


「……だから、こういうのは全部、食べても味がしないって何度も言ってるでしょ?」

「まあ試してみろ、100回食べて味がなくとも、101回目は味がするかもしれないぞ……?」


 相変わらず強引だ。


「何その謎理論……」


 ブツブツ言いながらも、私は渡された板チョコの銀紙を指で摘んで剥ぐ。

 間違いなく、ベルリンへの車中であの情報将校に手渡されたものと同じだった。


「……私は甘い物はそれしか受け付けなくてね」

「へぇ……」


 商品名がスイス語で書かれている。

 シュプリングリ、と読むのだろうか。


 あの時は暗くて揺れる車中で、読む気さえ起きなかったけれど。


「じゃ、私はこれからミサがあるからもう行くぞ……味の感想は後から報告しろ」

「……任務なの?」


 面倒くさいなと思いながらも、仕方なく少しだけ齧った。


 味がした。


「……なんで!?」


 驚き過ぎて、私は言葉を失う。


 80年前にはただの苦味しか感じなかった舌に、今はそれに加えてチョコレートの甘みがはっきりと感じられるのだ。


「嘘でしょ……だって、私の舌は……」

「アイリス、ほら……鏡で見てみて」


 メリッサが手鏡を渡してくれる。

 覗き込んだ鏡の中の舌は、桃色だった。


「……え? えっ?!」


 何回見ても、黒く焦げていたはずの舌は、生まれた時からそうだったかのような、桃色にしか見えない。


「これ……どういう事……?」

「……マキナがね、アイリスから出て行く時に、元に戻してくれたんだよ」


 少し目を赤くしたメリッサが説明してくれる。

 だけど、全然分からない----。


「えーと……マキナ……って、誰……? いや、惑星機構のAIのマキナなら知ってるけど……? 私から出たって、どういう意味……?!」

「……マキナは、私の……友達だったの」


 メリッサにそんな友達がいた事に驚くが、その友達がどうして私の中にいたのか、さっぱり分からない。


 でも、漠然とした喪失感は確かに感じる。

 

(この感じ……私を作っていた私の一部が、消えてしまったんだ……多分、永遠に……)


 それが何かは、もう私には分からない。

 ただ、メリッサが目に涙を溜めているのが、答えなのだろう。


 そういえば、どうして私の舌が黒焦げだったのかも思い出せない。


(とても大事な事だった気がするのに、何で思い出せないの……?)


 無性に悲しい気持ちと、何処か解放されたような相反する気持ちで、胸がつまってしまう。


(何だろう、この気持ち……?)


 ただ、ひたすら温かいものだけが私の中に残っていた。  


(さよならするのは悲しいけど、でも……会えて良かった……)


 それを伝えたくて、メリッサの涙を指で掬い取ってやった。


 「今度は、私、貴女のおかげでマキナにちゃんとさよならを言えたよ……」

「……そうなんだ?」


 マキナ。


 懐かしい響き。

 メリッサが大切にしていた誰か。


 私の知らない、私の一部だった存在----。


 それを反芻するようにして、私はもう一口チョコレートを齧った。


 やっぱり少し----苦かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。