迷い
(……私は、どうしたらいいんだろう?)
今、西暦2026年のこの世界に残る魔女は、メリッサと、マヌエルと、一応魔女扱いの私だけだ。
マヌエルとメリッサは、魔女としての己の危うさを誰よりも熟知したうえで、魔女として生きる事をそれぞれ選んだ。
だが、私にはそれだけの主体性がない。
これまで法王の剣として戦ってきた私を支えて来たのは、モルガナへの復讐心----ただそれだけしかない。
アンソニーからメリッサを渡されてからは、
流されるままにメリッサと共に暮らし、贄として生気を与えて生きてきた。
戦いの場では、モルガナを発現させるためだけに、囮となってこの身を人外に喰らわせ、血を啜らせた----。
開放されたいと願いつつ、この生き方しか出来なかった。
戦いの日々以外に身を置く場所など、もう考える事ができない。
今の私以外の私を、想像できない----。
沈黙を破ったのは、ずっとアンソニーの後ろにいたフォルトナだった。
「あの、もしお許しいただけるなら……私、ここで魔女として働かせてはいただけませんか?」
「フォルトナ……!? 貴女、自分が何を言ってるか分かってるの!? 貴女はアネモネとして生きていた頃、トゥーレ協会にあれだけ酷い扱いをされて……!」
私の勢いにも、フォルトナは落ち着いていた。
「……覚えています」
「覚えてる……? でも今の貴女はキュアノス人でアネモネはもう……」
フォルトナは微笑んだ。
アネモネと同じ、とても静かな笑みだった。
「こちらに連れてきていただいてから、アネモネの記憶が甦ったのです、不思議な話ですけど」
アンソニーとメリッサが、すっ、と視線を逸らすのが見えて、私にはフォルトナの記憶が戻った理由というのが手に取るように分かってしまう。
「……お願いします。私も法王庁の魔女にして下さい!!」
アンソニーが口を開いた。
「確かに我々はここにいる魔女以外の存在を消す事には成功した……だが、それだけだ」
傲慢さの中に沈鬱なトーンが混ざるいつもの喋り方だ。
「ペストをなかった事にできる訳でもなく、戦争も、災害も、飢餓もなかった事には出来なかった……宗教など非力なものだよ。特にこの科学万能の時代においてはな」
そうだ、時間は自己修復する。
もしペストの最初の感染者を助けても、別の患者が発生して結果は同じ事になるだろう。
ヒトラーの暗殺が成功していたとしても、すぐに第二のヒトラーが出てくる。
災害も飢餓も、地球という惑星の歴史には織り込み済みなのかもしれない。
しかし魔女だけは、私達というキュアノスの異星人がアトランティスに来なければ発生しなかった。
だから時間の自己修復機能がほとんど作用せずに済んだのだ。
「今回はあくまでも特殊な事例だった……我々はこれからも純白の大聖堂の下で、人知れず、鼠のように石の下で蠢く蟲共を食い千切ってカトリック世界の平和を護っていく……それが任務だ」
そうなのだ。
私達に救済はできない。
できるのは鎮魂のみ。
この世界の理から外れた者だからといって、世界を救う事など出来はしない。
これからも、何も変えられないまま無為な戦いを続けて行くのだろう。
なのに、フォルトナは真剣そのものだった。
「私には予言の『力』しかありませんが……それでもよければ……私に出来る事は何でもさせて下さい……お願いします!! 私は……私は……やっぱり魔女アネモネとして、ここで生きたいんです……それが私の贖罪なんです!!」
しばらく誰も口を開かなかった。
だが、重い空気のなかでこれ以上フォルトナを立たせておくのも、気まずい。
「えっと……そこまで思い詰めなくてもいいと思うよ」
「ですがマリア……私は自分の事しか考えていませんでした。だから本当はもっと重い罰を受けるべきなんです……」
思い詰めた目でそう言われると、適当に否定もできない。
でも、気持ちは分かり過ぎるくらいに分かる。
「……まあ、ここで働くのが罰なのかは別としてだな」
いやいやアンソニー、どう考えても罰ゲームだろう。
ここは無給無休で危険手当無しの職場だ。
嫌味な上司に、相手にするのは頭のネジが飛んでる人間か、見た事もない人外----間違っても求人などできないシロモノだ。
できればここから異世界転生したいくらいの超ブラック企業----とはさすがに言えないけれども。
「いえ、アネモネ……絶対に貴女はここを出て自由な生活をした方がいいわ」
「いいえ、これは私が決めた事ですから」
そう言って元補佐官は小さく微笑んだ。
久し振りに見る、仕事以外での笑みだった。
「で、アイリス……私、お腹空いたんだよね」
「……はい?」
至極当然のようなメリッサの言葉が飛んできて、話はそこで終わってしまった。
「これでストライガは安泰だな」
「……また何を企んでるのよ?」
溜息をついた私にメリッサが飛び付いてくる。
「お腹空いた! 死んじゃう!」
「はいはいご主人様、今、準備いたします」
そしてまた私は、なし崩しにストライガに戻る事になったのだった。
(悩む余地、なかったわ……)




