アイリスの選択
「知っての通り、脳内麻薬は『黒化』前でも多幸感をもたらすが、『黒化』すると、凄まじい脳内麻薬が出て、β-エンドルフィンに限ると測定不能な量が生成され全身に回り、細胞ごと変質してしまう……仮に回復したとしても、脳に刻み込まれたその快楽を忘れらず、理由なき破壊者、目的なき殺戮者として生きていくしかないのだ……そしてそれを抑え込むには、法王庁の最高レベルの封印拘束特別術式NRVNQSRしかない」
「えっ、あれってモルガナ……メリッサ自身が考えたやつだったの!?」
驚いてメリッサを見ると、こくりと頷いた。
「あれは、私自身が、直接法王に提案したものなの……もし実装されてなければヴァチカン、いやローマすら今頃地図から消えてたかもしれないわね」
ベルリンで『黒化』したメリッサはその恐ろしさと悦楽の凄まじさを、身を以て理解していたのだ。
「……だからコイツはあえて己の『本性』をお前に見せ、その破壊的な『力』を抑え込むために幼形成熟ネオテニーという方法をとり、我々の意図しなかった幼女の姿で再生したんだ」
「……まあ、簡単に言っちゃうとそんな感じかな……『黒化』すると、脳内麻薬がドバドバ出るのが分かるからね、その快楽は絶対に忘れられなくなるし、下手したら、あの時の私は目の前の貴女まで手にかけてたかもしれない……」
魔女メリッサの真の凄まじさを私は思い知る。
『黒化』の凄まじさではない。
その『黒化』を抑え込もうとする、精神力と知力の凄まじさに、だ----。
浜辺で捕まえた蟹と戯れる無邪気な幼女メリッサも、『黒化』して80年前に魔女達に残虐の限りを尽くした『はじまりの魔女』としてのメリッサも、どちらも同じメリッサなのだ。
そして、その最中に、メリッサは命を賭けてまで自分の『力』の一部を、私に流し込んだ。
それは、せめて私が『黒化』しないためのワクチンのようなものだったのだ----。
(なのに、私は、魔女もどきとして、メリッサのような強さも覚悟もない……)
「……どうする? このまま『魔女』として法王庁でコイツとストライガを続けるか? 嫌なら新しい名前と身分証と金と家を用意してやる……好きな場所で好きに暮らせるぞ?」
アンソニーの言葉に私は我に返る。
そうだ、私達は私達以外の『魔女』をこの世界から消す事には成功した。
でも、残った私達は----?
私はメリッサの手を握る。
「私は……」




