マヌエルの選択
「マヌエル、せっかくアイリスと戻れたのに、カラビ・ヤウの森へ戻っちゃったね……ホントにこれで良かったの?」
アーネストを抱き上げ、その下顎を撫でながらメリッサが心配げに私に尋ねた。
アーネストは、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「だってさ、次はいつ会えるか分かんないんだよ……?」
「……さあ、あの子は気まぐれな所があるからね、もしかしたら、案外すぐに使い魔として呼び出しがかかるかもしれないし」
そう言いながらも、私はしばらくはマヌエルと会うことはないだろうという予感を噛み締めていた。
マヌエルは、この世界の全てと、あえて距離を置くことに決めたのだ。
「アレは、自分の内に潜む『魔女の本性』が恐ろしくなったのかもしれないな」
アンソニーは遊び飽きて戻って来た子猫を、再び肩に乗せる。
「お前にならば、もはや説明も要らないだろうが、魔女がその『力』を使う時、その時の脳は『黒化』の第一段階と同じ状況にある」
言葉を選びながら法王は話し始めた。
「脳内麻薬ってのは、知ってるな? モルヒネなんかの麻薬と似た作用を示す物質で、本来脳内に自然状態で分布しているモノだ……それが痛みや精神的ストレスを受けた時に大量に分泌されて、苦痛を和らげる働きをする」
「それだけなら、別に特別悪いモノって訳じゃないんじゃない?」
普段なら動けないような怪我や出血の時、考えられないくらいの力が出たり、意識を保てたりするのは、多分その仕組みのおかげだ。
私も何度も経験している。
「まあ普通ならな……ただ、強烈なストレスから突然解放されたり、耐え難い苦痛や負の感情が発生すると、過剰分泌が起きて、非医療行為における麻薬使用のような作用と、強い副作用を及ぼすことが知られている……これらは脳内モルヒネや、脳内麻薬様物質とも呼ばれ、約20種類ほどが発見されている」
なんとなく、感覚が甦って来た。
大剣を振るい、返り血を浴び、敵の悲鳴を聞いている時、私はそれをどこかで喜びと感じなかったか?
受けた痛みさえ、次なる攻撃の動力として利用しなかったか----?
「……そう、お前のあの感覚が既に『黒化』の第一歩なのだ……脳内麻薬としてはβ-エンドルフィンやドーパミンが代表的で、例えば肉体的苦痛に際して脳内で生成されるβ-エンドルフィンの鎮痛効果は、個人差もあるが、モルヒネの6.5倍と言われている」
「じゃあ、何度もそれを繰り返してたら……?」
急に自分が恐ろしくなった。
私は、まだこれでも『正常』なのだろうか?
考え込んでしまった私の頬を、メリッサが優しく撫でる。




