変わったものと変わらなかったもの
「うあああああああああああああアイリスぅぅぅぅぅ……!!」
次に聞いたのは、何かの非常サイレンかと思うほどのメリッサの大絶叫だった。
「戻って来たんだよ!! アイリスッ!! 私達、あのアトランティスから戻って来たんだよッ……!?」
「……うん、知ってる……」
目が覚めたのは、ラボのベッドの上だった。
メリッサが、大泣きしながら私に抱きついて、顔なじみのスタッフに引き剥がされている。
(……ちゃんと、西暦2026年だ)
いつも通りの大騒ぎを見ながら、私は永い永い旅が、今やっと終わりを迎えつつあるのを悟った。
「心配したんだからね!! このまま意識が戻らなかったら……ひっく、また迎えに行こうと思ってたんだよぉぉ!!」
「あ、ありがとう……」
この子なら本当にやりかねない。
でも、そういう所が----私は好きなんだ。
「で、感動の再会は済んだか?」
声のする方を見ると、白い法衣のアンソニーが入口にもたれ掛かっていた。
少なくとも法王庁の歴史は、残念ながら大きくは変わらなかったようだ。
「……お気遣いありがとう。続きは地下室でやる事にするわ」
法王の白いスニーカーには、あの時に付いた蛇苺の赤い染みが、うっすらと残っている。
(良かった……別にキリスト教がなくなってても私には問題ないけど、コイツに何かあっても目覚めが悪いしね……)
「アイリス、具合はどうですか?身体に違和感などはありませんか?」
カーラが少し遠慮がちに入口から飛んできて、私の腕に止まった。
「全身の状態に問題はありませんが、もしメンタル面で何かありましたら、いつでも言って下さい」
相変わらず律儀なAIだ。
でも、この律儀さに私は何度助けられた事か。
「カーラ、マヌエルを助けてくれてありがとう」
「いえ、私はほとんど何もできませんでした。ほとんどのサポートは、猊下が率先してされていましたから」
「みんな、体調とかは大丈夫なの?」
カーラは少し小首を傾げ、「タワーが熱暴走で壊れました」と答える。
「しばらく本体に戻れないのが多少不便なくらいです」
「あらかじめタワー用に冷却装置を詰め込んだんだが、フォルトナをこちらに転移させる時に、高負荷による機能停止が起きちまった……さすがにアレは生身の人間を転送する事まで想定して作ったモンじゃないからな……」
逆にあの装置で生身の人間を過去から連れて来られた事の方が凄いのだが。
「あの……」
アンソニーの後ろから顔を出したのは、フォルトナだった。
今はシンプルな修道服姿だ。
状況は把握したのか、とても落ち着いた様子でこのラボに馴染んでさえいる。
怪我をしているような様子もなく、血色も悪くはない。
私の手を取ったフォルトナの目には涙が浮かんでいる。
「このたびは、私のせいで御迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません……」
「あ、いや……助かって本当に良かったよ……」
私は安堵の溜息をつく。
本当にマヌエルは、約束通りに全員をこの場所まで連れて来てくれたのだ。
「……ま、これでだいたいカーラとマヌエルの想定通りの結末になった訳だ」
「時間の自己修復の事?」
でも、マヌエルの姿だけがない。
必ず西暦2026年でまた会おうと言ったのは、彼の方だったのに----。
(……まさか、『力』を使い果たして灰になってしまったとか……?)
全身の血の気が引くのを感じた途端、いきなりアンソニーの法衣の袖から、子猫の鳴き声が聞こえた。
それは、あの幼形成熟の猫の、少し甘ったるい声だった。




