転送(アップロード)
「……メリッサったら……いつも先に行っちゃうのよね」
溜息を付いて、私は可愛らしい巫女の、絹糸のように滑らかな髪をぎこちなく撫でて呟いた。
無理もない。
私だって、指先はもう痺れて感覚がない。
あと数分で、意識喪失となるだろう。
(私も、このままあまり苦しまずに意識がなくなればいいんだけど……ま、次に目が覚めるかは、別にして……)
そうだ、眠りは小さな死の連続と言ったのは、誰だったっけ----?
昔は好きな言葉だった。
夜、瞼を閉じるたびに目が覚めない事を願い、朝、瞼が開けば、何故眠りには終わりがあるのかと呪ったものだ。
でも、今なら、目覚めは小さな誕生、という言葉の方がずっと好きになった。
(そう、人間は細胞ごと毎日少しずつ変わってる……でも、その事さえ自覚していれば、どんなに記憶や思想や好みが変わったって……ゼルプストさえ手放さなければ……私は、容姿すら変わっても、私でいられる……)
朦朧とした意識の中で、私はメリッサこそがテセウスの船の最たる例ではないのだろうかと考えていた。
浜辺で捕まえた蟹と戯れる無邪気なメリッサも、黒化して魔女達に残虐の限りを尽くしたメリッサも、どちらも同じメリッサなのだ。
キュアノスの人々を救ったのがマキナなら、そのマキナを作り、慈しんで育てたのは、メリッサだ。
そして、そのメリッサの一部は、80年前に私に流れ込んだ。
(では、私はそれを私の中の一体何と交換したのだろう……?)
少女メリッサ----。
この世界の理からはずれた存在とはいえ、あまりにも奇跡のような存在。
私にとっても。
この宇宙にとっても。
全ての魔女の始祖となり、全ての魔女が消滅する原因となる存在----。
その存在を護るため、私は未来へ戻る----。
もう、二度と死は望まない。
何が何でも生き抜いてやる。
その時だった。
ドンッ! という凄まじい振動と共に、私はメリッサを抱いたまま、椅子から一瞬宙に浮いた。
(来たか……!!)
すぐに大地が、右に左にユサユサと揺さぶられ始めた。
カプセル内は小さな軋み音で満ち、私は血の気が引くのを感じながら必死にメリッサを落とさないよう抱きしめていた。
オリハルコンの強度がどれほど強くても、噴火が直撃すれば無傷の保証などない。
そして、エネルギー量がマヌエルの計算通りでなければ、私達は精神を宿したまま西暦2026年には帰れずに、このカプセルに生き埋めとなる。
「お願いマヌエル、せめてメリッサだけでも連れて行って……」
大波に呑まれたかのように、上下にうねるカプセルの中で、どれだけ祈ったのだろう----。
「こういう時、何て言うか知ってる?」
不意にメリッサが呟いて、私はハッとする。
「ふふッ、もう食べられないよぉ……」
完全にただの寝言だった。
でも、私は答えを知っている。
「そこは、神の御加護を……でしょ……」
少女は瞼を閉じたまま、ニッコリと笑う。
私が最後に感じたのは、小さくて冷たい手が私の指先をしっかりと握る感触だった----。




