時間は自己修復する
「だからね、今……貴女のこの顔を、こんな近くで見られて……すんごく、幸せなんだ……」
そうだ、今の私は、金髪に緑の瞳をしたキュアノス人の姿だった。
まあ、そこまで言ってくれた割に、モルガナのあの恐ろしいまでの神々しさは欠片もないのだけど----。
「えへ、言っちゃった……」
メリッサは、小さな酔っぱらいみたいに、へにゃりと笑った。
そして、そのまま私の胸に突っ伏す。
「……ごめん、よく分かんないけど、もう身体に、力が……入んなくて……」
「うん、私もよ……」
重なったまま、掠れた声で、メリッサが囁く。
「……ねぇ……貴女は、もしも私が、私でなくなっても……それでも、メリッサって……呼んでくれるよね……?」
「……どういう事?」
メリッサはメリッサだ。
他の誰でもない。
黒化しても、私の事を気遣ってくれた。
惑星監督官の巫女に過ぎないのに『玉座』に私を入れまいとした。
私が呼んだ時、文句を言いながらも必ず来てくれた。
どのメリッサも、メリッサだった----。
そんなメリッサを、忘れる訳はない。
「たとえ船板を一枚ずつ剥がしていっても、メリッサの船は……メリッサの船、だよ……」
「じゃあ……最後のネジ一本だけになっても、そう思ってくれる……?」
ほら、大胆不敵なくせに、変な所で心配性なところがメリッサなのだ。
「……今は、識別番号番号があるんでしょ?」
「見たらすぐ分かるの?」
「もちろん」と私は即答し、メリッサの額にキスをした。
「私は分かる……だって、私のご主人様だもの。 ネジ一本になったって、すぐ分かるわよ……」
ピシッと鋭い金属音が、カプセル内のどこかで鳴った。
圧壊の前兆だ。
それだけではない----大地の鳴動が、まるで私たちの会話をかき消そうとするかのように、内臓に響くような音で低く鳴り続けている。
それでも私達は、時間を惜しむかのように話し続けていた。
「……ねえ、マキナって、本当は、キロノヴァが起こるのをずっと前から知っていたんじゃないかな……? なんか、そんな気がするの……」
確たる根拠はない。
でも、もしあのマキナに、私に移ったはずの『心』の残滓があったとしたら----?
アトランティスの住民をミレニアムに避難させるのを思い付いた時、私はその方法を前から知っていたような気がしてならなかったのだ。
「普通に考えて、アトランティスの人間を、地上から移住させたら……その後の地球の文明は、発生しない事になるのよね」
「じゃあ、どうして、いわゆる歴史のゆりかご、とか……ヤスパースの言う、枢軸時代とかが存在するの……?」
答えは、一つしかない。
マヌエルだ。
彼が、時間の自己修復性を逆手に取り、しかるべき文明や思想が発生する時期や土地に、少しずつアトランティスの住民を移住させて、地元の人間に惑星機構時代の技術や思想を段階的に教えるようにしたのだ。
例えばヒッタイトの鉄や、灌漑、文字----。
諸子百家にウパニシャッド哲学、仏教、ジャイナ教やザラスシュトラ、イザヤ、エレミヤなどの預言者にギリシャのホメーロスやソクラテス、プラトン、アリストテレス----。
直接知識を与えなくとも、アトランティスの住民を通じて彼らに思想の種を撒き、水をやったのは、マヌエルしかいない。
おかげで人類は何も知らずに『本来の歴史の通りに』発展した西暦2026年の世界に生きる事が出来ている。
ただし、代わりに戦争という避けられない宿痾も、またもたらされた訳だが----。
「……マキナは、キロノヴァを予測した時点で、何らかの手を打っていたんだと思う」
天体同士の衝突を阻止する事は不可能だ。
「だから予め仮想空間を密かに作っていたか……あるいは未知の惑星を、人の住める環境に改造していたとか……」
その頃はもう、守るべきなのは惑星機構というシステムではなく、そこに住む人間そのものだと考えるようになっていたのかもしれない。
マキナの『心』の欠片が、本当に私に入っているのなら、私にアトランティスの住民を仮想空間に移住させるなどという突飛な発想をさせたのも、不思議ではない。
「でも、キュアノスの人達は、今何処でどうしてるんだろうね……?」
愛する主人を殺され、復讐したいくらいに憎んでいてもおかしくないはずなのに、彼女は十二王家を始めとしたキュアノスの住民達を救うことを選んだ。
「あるいは……実はそれこそが復讐で、永遠の命を与えて檻に閉じ込めたとも考えられるけど……メリッサはどう思う?」
答えは、なかった。
私のご主人はとても幸せそうな顔で、思いっきり失神していた----。




