神の刻印
「あっ、でもそういえば……今はもう、テセウスの船のパラドックスって流行らないのよね……」
ふぁぁ……、と欠伸をして、メリッサが思い出したように言う。
「流行らないって、どういう意味で?」
「んとね……IMO船舶識別番号っていうのが、今は国際的に定めてあって……ええと、小型船舶の同一性を確認するために、船体に世界で一つだけの15桁の固有番号が……それぞれの船に……刻印されているのよ」
「……ふーん……もしかして、それって人間にも付いてたら面白いのにね……」
私は欠伸を噛み殺しながら、もしも付いているとしたら、脳に付いているのか、心臓に付いているのか、と割と真面目に考えてしまった。
(ああ、でも細胞記憶説をとれば、一つ一つの細胞に刻印されているのか……)
そろそろ頭がぼんやりとしてきて、何でもいいから話し続けないと、意識がなくなりそうだ。
一般的に、人間は通常20.9%の酸素濃度下で生活している。
安全限界と言われる18%を下回ると、筋力の低下や意識喪失、最悪死亡することもある。
特に脳は酸素消費量が多いので、最も影響を受けやすい。
ちなみに 酸素濃度が16%で呼吸数増加、脈拍数増加、頭痛、吐き気、集中力の低下 が始まり、酸素濃度12%で筋力低下、めまい、吐き気、体温上昇がみられるという。
(脈拍数の増加……って、こんなにぴったりくっついていたら、別に酸素不足じゃなくてもドキドキするけど……)
それでもこのままなら最後は幻覚と昏睡、意識喪失が私達を待っている。
話さなければ、酸素は持つ。
だけど、こんな時こそ私達は話したくなる。
もしかして、思考を巡らせる事で、生きていると実感するためなのかもしれない----。
「つまりアイリスは、神様が……人間に識別番号を振ってるのかも、って思うの……?」
「ん、アンソニーに言わせれば……神様っていうか、存在X……になる……のかな?」
瞼がだんだん重くなってくる。
最後までメリッサの顔を見ていたいのに、油断するとすぐに意識が遠のいてしまう。
「あながちそれは間違ってはいないかも……昔から『ゼルプスト』っていう考えがあって、それはつまり『自己』の意味なんだけど……『心』の中心であって……心の発達や変容作用の、根源的な……原点となる元型とされてるわね……キリスト教的には……『神の刻印』とも言われてるみたい……」
メリッサの瞼も、重そうだ。
『神の刻印』か。
あまり気に入らないネーミングだけど、今の私には、ある意味救われる言葉かもしれない。
『ゼルプスト』さえ手放さなければ、私は私という存在でいられるのだ。
マキナも私。
マリアも私。
モルガーナも私。
アイリスも私。
メリッサの一部を内包しているのも、私。
どんなに転生を繰り返しても、大切な人を見つけ出せるのだとすれば、それは『神の刻印』のおかげなのかもしれない。
「そういえば……私が森で出会ったモルガナって魔女、結局何者だったんだろう……?」
なんとなく呟くと、秒で答えが返って来た。
「アレ、私だよ……マリアの少し成長したイメージだったんだけど……へへっ?もう少し……おっぱい盛っても良かったかな?」
「……な、なんでそんな……よりにもよって私の顔にしたの……?」
少女は何とも言えない切なげな顔になった。
「……いつかまた会った時に、貴女に……気付いて欲しかったから……」
それから、と付け加えた。
「好きな人の顔を毎日見られるのって……幸せでしょ……?」




