アリストテレスの四原因説について
とうとうカプセルの振動が止まなくなった。
外の様子は全く分からないが、もう、息をしている生物はこの島には残ってはいないだろう。
もしかすると、既に島自体が瓦礫の山となって、このカプセルの上に積み重なっているのかもしれない。
(いや、下手すると私達はもう既に海の中にいるのかも……)
メリッサも、その可能性はとっくに考えているはずだ。
それをおくびにも出さないのは、私を不安にさせたくないためなのだろう。
でも、考えずにはいられない。
時空を飛び越えるほどのエネルギーを発生させる爆発でも、本当にこのカプセルは壊れないのだろうか?
もし微細なヒビが入ったとして、そこで時間の捩れは発生しないのだろうか?
もしもそうなったら、私達はどちらの時代に存在する事になるのだろうか?
「……大丈夫、怖くないわよ」
暗闇の中、いつの間にか私はメリッサの頭を両手で抱え込むようにして震えていたようだ。
「必ず上手く行くわ。マヌエルは絶対に失敗しない……私の自慢の弟子だもの」
「……じゃあ、私は?」
思わず私は聞いていた。
私はマキナであり、マリアであり、モルガーナであり、アイリスであり、そしてベルリンではメリッサの一部も内包している。
私は、継ぎ接ぎの存在なのだ。
そんな私は、メリッサから見て、どう見えるのだろう?
「ねぇ、もし私が、マキナじゃなかったら、好きになってた?」
「ん? 好きになってたよ?」
「じゃあ、マリアじゃなかったら?」
「好きになってたよ?」
「モルガーナじゃなかったら?」
「好きになってたよ?」
「アイリスじゃなかったら?」
「好きになってたよ?」
「メリッサだったら?」
「……そんなに気にしてるの?」
メリッサは、ぐずる子を見るような眼差しで私を見下ろす。
「あのね、私はそんなに同一性というモノに囚われる必要はないと思うの」
「同一性……?」
納得していない顔の私に、少女は少し考えてから説明を始める。
「じゃあ、テセウスの船のパラドックスをアリストテレスの四原因説で説明するわね」
「えーと……アリストテレスは事象の原因を4つに分けたんだっけ?」
朧気な記憶を辿りながら、私はいつしか緊張が和らいでいくのを感じる。
「アリストテレスによれば、ある事象が「何であるか」は『形相因』であり、その観点では、修理しても設計などの本質が変わっていないから、テセウスの船はどれだけ修理しても「同じ」であるとされるの」
「じゃあ、『目的因』から見ると?」
ふむ、と少女は顎に指を当てる。
「テセウスの船は『質料因』としての材質が変わったとしても、テセウスが使った船であるという『目的因』は変わっていないでしょ?」
「確かに……そして『動力因』は誰がどのように作ったかを指すから、テセウスの船の場合、船を最初に作った職人は同じ道具や技術で船を直したと考えられるのよね」
私がそう答えると、メリッサは微笑んだ。
「だから、テセウスの船は部品が全部入れ替わっても、テセウスの船なの」
「つまり……?」
メリッサは私の頬にキスをする。
「テセウスの船はテセウスの船、アイリスはアイリス……はい、証明完了」




