テセウスの船
「ねぇ、メリッサ……覚えているだけでも、西暦2026年の私の中に、マキナの『心』があって、惑星監督官としてのマリアの『心』があって……マヌエルの姉のモルガーナとしての『心』があって、法王の剣としての……アイリスの『心』があるんだけど……」
「……うん」
気温の低下と、酸素不足のせいで、思考にだんだん靄がかかってくる。
「こんなに沢山の『心』があったら……私は本当に、私なのかな……?」
急に、自分という存在が分からなくなってきていた。
自分が自分であるという自覚はしっかり持っている。
でも、今のこの私が、唯一の私だと言い切れる自信がない----。
私を私たらしめているのは、一体何なんだろうか?
マキナとしての悲しみ?
マリアとしての後悔?
モルガーナとしての復讐心?
アイリスとしての、法王庁への忠誠心?
「……でも、その悩みって、貴女だけの話じゃないんじゃないかな……?」
メリッサが考え込む目になる。
「生物には寿命があるけど……それを全うする前に子孫を残して、それによってそれぞれの個体が死んでも種は存続する、っていうじゃない?」
「……そうね」
だから、とメリッサは続ける。
「多細胞生物は、新陳代謝によって常に細胞が入れ替わるけど、それによって個体そのものの生存は継続される……たとえばアイリスくらいの年齢の人間だったら、細胞の平均寿命は10年以下なんですって……」
「……それって、10年で私が丸ごと新しい私に入れ替わるって事?」
見た目は私だけど、細胞だけで見れば10年前の私ではない私----。
「ねぇ……その存在は貴女なの? 貴女じゃないの?」
メリッサが私の目を覗き込む。
「それは……」
これは同一性を問う問題。
つまり、テセウスの船のパラドックスだ。
ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられた時、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」だと言えるのか否か----という問題である。
「ま、今の船舶は部品の交換や改造・所有者の変更は可能なんだけど……建造時に付与されたIMO番号は廃船となるまで変更されないんだって」
メリッサはイタズラっぽく笑った。
じゃあ、私の同一性は保たれているのか。
「でも、人間にとってのIMO番号って何なんだろう、ってならない……?」
解決出来ているようで、出来ていないパラドックス。
「……アイリス、貴女にとってのIMO番号って、何なのかしらね?」




