世界は、壊すよりも変える方が難しいから
『玉座』本体のコードは、間違ってビーツでも切ってしまったのかというくらいに、手応えなく切断できた。
そして----カプセルの明かりは、全て消えた。
機能が停止したのを直感的に悟り、私は初めて自分の背中を汗が伝うのを感じる。
「メリッサ! これでもう大丈夫よ……!」
振り返ると、フォルトナとメリッサが抱き合わんばかりにして震えあがっている。
大剣を振りかざして赤い光に照らされた私の形相が、よっぽど怖かったようだ。
(まあ、普通の反応はそうなるわよね……)
軽く傷付きながらも、私は使い魔なので速やかに主人に報告を上げる。
『『玉座』の機能は停止できました、我が主』
『僕の方も1200万人全員退避させた……さすがに疲れたよ……』
私の頭の中に響く声には、明らかな疲れが滲んでいる。
『我が主人、確認なのですが、西暦2026年には、私とメリッサの身体は存在していますよね?』
『ちゃんとあるよ……今そこにいるメリッサは何故か巫女時代の記憶しかないけど……あと、アネモネの身体はもうないから、フォルトナだけはフォルトナのまま、身体ごと西暦2026年に連れていく必要があるね』
なるほど。
やはり私とメリッサは、今のこの身体をアトランティスに残して、意識だけを西暦2026年に戻さなければならないのだ。
『それと、そろそろ噴火が始まりそうなんだ』
『……結局アトランティスは『玉座』があってもなくてもこの時点で沈むのですね、我が主人』
でも、『玉座』の爆発によって私達二人の灰が世界中にまき散らされるという事態は、これで避けられた----はずだ。
もう、これから先、この地球にメリッサとマヌエル以外の『魔女』は存在しない。
スヴィトラーナも。
ニクスもルクスも。
アナスタシアも。
ホルダも。
私が斬った、もう名前を覚えてない幾多の『魔女』達も----。
これで、魔女狩りが始まって以来『魔女』として灰にされた全ての女の子達が、『魔女』にはならずに、普通の女の子として生きられるはずだ----。
(あ、ロシア革命……は、まあ……なんとか上手く生き延びてくれればいいんだけど……)
『あの、姉上……』
『何でしょうか我が主人?』
弟の力無い声が聞こえた。
『すみません僕が悪かったです、本当に反省してます姉上……いや、お姉様』
『どうかされたのですか?』
フォルトナとメリッサは、一人でニヤついている私を見て、不安そうな顔をしている。
フォルトナに至っては失神寸前だ。
『あの、その『我が主人』っていうのをやめて下さい……僕、姉上にそんな風に呼ばれるの無理なんです……』
『……でも、私はここでは貴方の使い魔としてしか動けないのですよ?』
私の言葉に、深い溜息が返って来た。
『……じゃあ、せめてその『我が主人』という呼び方はやめて下さいお願いしますお姉様……頼みます……僕には色々早すぎたようです……』
『……反省してるって、何を反省してるのですか? 我が主人』
私は青ざめたままのフォルトナの手から鞘を取り、フルンティングを収めた。
『僕は、神にでもなったつもりでいた……永い時間をかけて沢山の人間を見てきて、カラビ・ヤウの森を作り上げて、この世界の全てを分かった気でいた……でも、姉上にそんな風に呼ばれるたびに、僕の本質は、臆病で無力なあの頃のままなんだ、って思い知らされてしまう……』
『……で、世界を壊すのはやめるの?』
少しだけ、沈黙が流れる。
『ミレニアムを復元しながらずっと思ってたんだ……世界って、力で壊すのは簡単だけど、直したり変える方がずっと難しいんだな、って……』
『……うん、マヌエル……そういう風に考えられるのも、また貴方の本質なのよ』
私は鞘に入ったままのフルンティングを、カプセルの横にそっと置く。
偽りの女神の象徴などではない、私の相棒----。
(ここで待っててね、必ずまた会えるから)
『後はマヌエル、全て貴方に託すわ……体力切れになる前にお願いね』
遠くで微かに地鳴りが聞こえ始めた。
フォルトナが、我に返ったのか私に駆け寄って来る。
「マリア! ここにいては危険です! すぐにキュアノスへの回路を開いてもらうよう要請しましょう!」
私は首を振る。
「私とメリッサはここに残るわ」
「どうしてですか!? 貴女は惑星監督官としてキュアノスへ還る義務があるのですよ!?」
メリッサは不安げな顔で私を見ている。
手招きすると、一目散に走って来て、私にしがみつく。
「……フォルトナ、貴女にしか出来ない仕事があるの。大丈夫、私達全員ちゃんと助かるから」
私はしがみついているメリッサを抱き上げた。
『マヌエル、フォルトナを頼んだわよ……使うのは転移魔法よ』
『分かった、必ず西暦2026年でまた会おう、姉上』
マヌエルの声はそれっきり聞こえなくなった。
私はフォルトナの手を取る。
「今は時間がないから詳しく説明は出来ないんだけど、貴女は今から私達と一緒にずっと先の未来に戻るのよ。ただ、私とメリッサは別の方法……この『玉座』を使って意識だけ未来に戻らないとこの星の歴史が変わってしまうの」
「……それで、私は何をすれば……?」
おずおずと尋ねる補佐官に、私は『玉座』のカプセルを示した。
「……私とメリッサが入ったら、外から蓋を閉めて、封印して」




