後悔と困惑
『三十秒だけマキナから隔絶状態にして、アトランティスの住民全員の意識を、貴方の持ってるミレニアムに転送して欲しいの』
『……ふむ、アトランティス以外の住民達には影響を及ぼさず、あくまでも『魔女』の存在だけを初めから無かった事にする……か』
妙に大人びた声が返って来た。
『……なるほど、姉上らしい指令だね』
私は覚えている。
こういう時のマヌエルは、顎に指を当てて考え込むような目になっているのだ。
昔、二人でチェスで遊んでいる時が、こんな感じだった。
庭の林檎の木の下で、私達は飽きもせず盤上を睨み、取ったビショップを掌で転がしながら『戦略』と『戦術』について何時間も話し合ったものだった。
木漏れ日に照らされた、白と黒のブロックチェックが今でも鮮明に目に浮かぶ。
『でもこの僕に、三十秒で1200万人の意識を転送しろだなんて、姉上にしては随分な無茶を言うよね』
『序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指せ……だったかしら? 今のこの局面で、奇術師の役は貴方にしか頼めないのよ……マヌエル、お願い』
西暦2026年にアネモネが残したメッセージを全て聞き終えた今、私のやるべき事は、はっきりと決まっていた。
アネモネ、いやフォルトナは、まだ塔の中で大剣を抱いて私を待っているはずだ。
『……いいよ、姉上がどんな手を考えているのかは分からないけど、やってみるよ』
『ありがとう、じゃあ私はその間にフォルトナとフルンティングを『玉座』の場所まで召喚する』
あの時はまだ大剣に名前など付けていなかったが、この塔の中だけは、今は西暦2026年----つまり、既に大剣にはフルンティングという名前が付いている。
そういう訳で、私はここからフルンティングを召喚できるのだ。
それと、フォルトナも一緒に……。
『姉上、それはできないよ』
『……え、どうして?』
キョトンとした私に、マヌエルは、噛んで含めるようにして答える。
『何故なら、自分の所有物以外の存在を思い通りに移動させられるのは、魔女だけだからね』
『あ……そうかぁ……ああ、そうだった……』
私は頭を抱えた。
フォルトナを残してこの作戦は実行できない。
彼女が何と言おうと、引きずってでも一緒に連れて帰るつもりだった。
だが、三十秒でこの長大な螺旋階段の上まで戻るのは、時間的にも物理的にも不可能だ。
(そうか、私は、なりそこないだった……)
自分が魔女ではない事が、こんなに恨めしいと思った事はない。
『姉上は、魔女じゃないよ』
『……分かってるわよ……だから500年前からずっとそう言ってたのに……』
中途半端に魔女扱いされて、いざとなって自分は魔女ではないと思い知らされる----しかもこんな大事な局面で。
『……こんな事なら、いっそ本物の魔女になってれば良かった……』
絶望のあまり頭の中が真っ白になっている私の耳に、遠慮がちな弟の声が飛び込んで来た。
『あの……僕は、姉上を生き返らせるために魔女になったんだ……だから、僕が生き返らせた姉上は、厳密に言うと……ええと……その……使い魔なんだよね、僕の』




