突き付けられた天秤
『大丈夫、今度こそは絶対に死なせないよ、あの子も……そして姉上も』
突然、頭の中に聞き覚えのある声が響いて、私は危うく段を踏み外す----事はなかった。
『……ここは、まさか……?』
気付けば、私は見覚えのある真っ白な空間に立っていた。
あの、上と下に延々と広がり続けているニューロンの枝に囲まれていた。
『マヌエル!? 貴方、どうやってここに!?』
『ああ、ついさっき……やっとキュアノスのご老体達と繋がらせてもらったんだ』
そう言われて、私はハッとする。
確かに、あれだけこの塔に満ちていた評議員達の視線を、一つも感じない。
そして、今の私は、惑星監督官の礼装こそしてはいるが、思考も記憶も、完全に『西暦2026年の私』だ。
『って事は、貴方、今マキナに侵入してるのね!?』
『……流石は姉上、もうバレちゃったか』
悪びれる様子もなく弟は答える。
『ここはもう、カラビ・ヤウの森の一部、僕の領域だよ……とは言っても、持ってせいぜい現実世界での数分だけどね』
私は、余裕ありげなその口調の中に、逆に強い緊張を嗅ぎ取った。
今のマヌエルが消費しているエネルギーは、アナスタシアとの戦闘時とは比べ物にならないほどに大量なはずだ。
私の前に姿を現さないのは、少しでも負荷を減らしたいためだろう。
『評議員経由で侵入したのは分かったけど、マキナは銀河系全体を管理する規模のAIよ? どうやって制圧できたの!?』
『うーん……詳しい説明は省くけど、太陽フレアの磁気嵐を利用して、僕の稼働エネルギーを一時的に賄ってる……一種のドーピングみたいなものかな』
と、いう事はあの外道法王は今頃何処でぶっ倒れているのだろうか?
私はコンマ数秒だけ同情してやった。
『まあ、ヘクセン級のカーラやシヴァに比べたら、確かに規模は桁違いだけど、純粋なAIだったから、入るのはお遊びみたいなものだったよ』
『じゃあ今すぐマキナを停止させて! そしたらこの儀式も中断出来るし、アトランティスも沈まないで済むかもしれないじゃない!?』
私の叫びが、白い森に木霊する。
『……するのはいいけど、惑星機構のシステムは全て停止するよ……? 全ての生活基盤は止まるし、マキナに繋がっている数万の怪我人や病人が、死ぬよ?』
そうだった。
惑星機構の中で生きるという事は、マキナに命を預けているのと同意義なのだ。
そんな当たり前の事をすっかり忘れていた。
私は唇を噛む。
『それに、アトランティスが沈まないと歴史が狂う……当然だけど、僕や姉上は存在しなくなる』
『あ……』
そうか、これがautoinfanticideというパラドックスなのか----。
『アトランティスは、沈まないといけないんだ』
『……それは避けられないのね』
マキナを停止させれば、最悪でもメリッサだけは助けられる。
しかし、アトランティスが今沈み、そのために多くの無辜の命が失われるとしたら----?
『ね? 姉上に、そんな真似は出来ないよね?』
限られた時間の中で、弟は私に天秤を突き付けている。
多分、色々な意味で、これが私達にとっての最後のチャンスだろう。
(……どうすればいい? 本当に他に方法はないの……!?)
今私は、逃れる事の許されない、そして決して間違えてはならない選択を迫られていた----。




