開花
「この薔薇を咲かせればいいんでしょ?」
そう言ってメリッサは、頭巾を勢い良く脱ぐと、挑むように私を見上げた。
姉のアマルテイアと同じ長い黒髪に、真っ黒な瞳----だが、その奥には強い光が宿っている。
私よりもずっと幼い少女のはずなのに、その瞳に気圧されて、私は思わず一歩後ずさってしまった。
「……お姉ちゃんにも出来なかったから、もう諦めてる?」
「そ、そんな事は……」
口籠ってしまった私の前へ、少女は踏み込んで来る。
そして、囁く。
「……この薔薇はね、お姉ちゃんにも、他の誰にも咲かせられないの」
ふと、メリッサの黒い瞳孔に少しずつ小さな緑色の点が浮かび始めた。
それに合わせて虹彩も、まるでディスプレイのように、強く輝き始める。
始めに現れたのは小さな三角形だった。
そして三角形を組み合わせた六角形----。
(……?)
何度瞬きしても、少女の瞳の中で図形達は消えてはまた現れ、大きさと形を変えながら、瞳の円の中に次々と複雑な模様を描いていく。
魅入られる、という言葉の通り、私は少女の瞳の不思議な光景から目を離す事が出来なかった。
「……だって、これは、私だけにしか咲かせられない……咲かせてはいけないはずの、呪われた薔薇だから」
そう呟いて、少女は右手を蕾にかざした。
「その呪い、私が貰うね」
その途端だった。
青い蕾の内側から、ぶわりと青い光が吹き出すように放たれ、広場を満たした。
(……今、何が起きたの!?)
ほんの一瞬の出来事だった。
あんなに固かった蕾が、艷やかな光沢を放ちながら、両の掌に乗るほどの大輪の青い薔薇となって花開いていた。
「……言葉は、意思より生まれしもの」
そして、鉢を持ったまま唖然としている私のローブは、漆黒から雪のような白に変わっていた。
「……意思は混沌より生まれしもの」
(こんな事、ありえない……昔の本でしか読んだ事ない……)
「……我は汝、汝は我……」
ついさっきまでの幼い仕草はすっかり消え、メリッサは別人のように厳かな声で、ずっと何かを唱えている。
「……我は汝、汝は我……」
瞳の中の図形は目まぐるしく変化しながら、少しずつ消えて行く。
それら全てが、気の遠くなるような量の情報の集積なのだと、私はぼんやりと察した。
そして。
ぽきり、という音と共に少女は薔薇を両手で手折る。
止める間もなかった。
そしてそれをそのまま自分の胸に押し当て、目をつぶると----青い薔薇は跡形もなく少女に吸収された。
「……汝と我、一つなり」
最後の言葉と同時に、少女のローブも純白へと色を変えた。
「……え?」
広場には、私が思わず落として割れた鉢の、ガチャンという音だけが響き渡った----。
そして、巫女メリッサは、目を開けた。
元の、幼女らしい、はにかんだ表情に戻り、黒い瞳で私に微笑みかける。
「やっと会えた……私だけの、女神様」




