調律について
いくつかの例外を除いて、宇宙に存在する知的生命体は、記憶を獲得して蓄積するための領域を脳に備えている。
寿命や体の大きさによって、その領域の大きさは異なる。
だが、人間のように数百歳の寿命を持つ生命体であっても、その領域(仮に領域Aと称する)は大脳皮質よりも小さく、単独での能力自体も高くはない。
にも拘らず、人間はその生涯において、生まれてから死ぬまでの、全ての記憶を蓄積し続けることが可能である。
領域Aが生涯その働きを低下させることなく記憶を続けられるのは、神経再生の働きによるものである。
神経再生とは、領域Aに存在する神経幹細胞が、多数分裂して様々な細胞へと変化していく過程の事である。
これが行われることで、領域Aの記憶容量が飽和する前に、古い記憶は定期的に消去され、大脳皮質に転送されて行くのである。
では、蓄積された記憶を限定的に消失させる事は可能だろうか?
古の科学者達は惑星機構より提供された実験用■■■を用いて、あくまでも人道的に、領域Aからの特定の記憶を消失させる方法を試した。
最も効果があったのは、■■■の頭部への限定的なX線照射であった。
照射により領域Aの神経再生が行われなくなった■■■の記憶は、特定のものが全て消失し、一応の成功を見た。
ただし、この方法は領域Aと、そこに存在する神経幹細胞に回復不能な損害を与える危険性があり、実際に人格の変容や、記憶獲得能力が永久に損なわれたケースが報告されているようだ。
補佐官の『調律』については、上記の研究成果を応用したものだそうだ。
補佐官の場合、記憶の消去だけではなく、次の任務のために、任務前の領域Aの状態に完全に戻す技術が必要であった。
『いかにして限られた数の補佐官を、機密を完全に保持しながら複数回の任務が可能な状態に維持できるか』が、『調律』 技術確立の最大の課題であった。
これについてはその後、X線照射と並行して領域Aに直接高頻度の電気刺激を与える事により、次の神経再生を促進し、任務前の領域Aの状態に完全に戻す技術が確立された。
また最近では、神経再生の速度を上げ、『調律』に要する期間を短くするため、細胞分裂の促進剤の使用も積極的に行われている。
ただし、消去されたはずの記憶が夢として再生される副作用が数例報告されている。




