贄
私は魔女だ。
だが、魔女とは言っても、他の魔女達とは違い何の力も持ってはいない。
火刑を六度繰り返してもなお、まだ息があったというだけだ。
裁判にかけられるまで、私は、何一つ魔女らしい行為はしていない。
魔女になったのに、魔女の力は持っていない。
私が庭師達に『なりそこない』と呼ばれる所以だ。
そして、私の呼び名はもう一つある。
『贄の魔女』
その理由、それは----。
「ねぇアイリス……ぅ……」
少女が私の袖を掴んで揺さぶっている。
「お腹空いた……やっぱり、先にごはんにしよ……」
少女のこの世の終わりのような声に、私は自分が何をなすべきか思い出した。
「そうね、それじゃ、ここで待ってて」
パジャマ姿の少女を残し、私は階段を上る。
ガラスのドームの下は、寄せ植えされた木を中心に、青々とした一面の薬草畑が広がっている。
朝の陽射しは穏やかで、地下から出て来たばかりの身体と瞳を優しく包んでくれた。
「あった……」
探していた物はその中に取り残されていた。
金細工の、大きなバスケットだ。
表面をそっと指で拭ってみたが、埃は被ってはいない。
私は屈み込んで薬草を摘み始める。
薬草といっても、マンドラゴラのような、いかにもという感じのものは少ない。
この温室で育てているのは、例えばニガハッカやカノコソウといった民間療法に使われる植物がほとんどだ。
どの株も葉はツヤツヤと輝き、指で触れただけで香りを放つ。
まるで一番薬効のある姿を自ら知っているかのようだ。
外界とは違い、この温室の薬草達は一年を通して花実を付けているのだ。
「……ちゃんと待ってたのね」
バスケットを脇に抱えるようにして私は草を摘んでいく。
ぽき、ぽき、ぽき。
瑞々しい茎が折れる音がはっきりと響く。
バスケットが重たくなった頃、私は今度は寄せ植えされた木々の下に歩み寄る。
小振りのラッパのような黄色い花は、エンジェルトランペットだ。灌木だが数十輪も花がぶら下がった様子は壮観だ。その下でやはり連なって咲いているよく似た形の白い花は、ダチュラ。どちらも幻覚作用があり、死に至る中毒を引き起こす。
ぷち、ぷち、ぷち。
花を潰さないように丁寧に手折り、バスケットに入れる。
他にも、ベラドンナ、シュロソウ、キングサリ----。
どれも可憐な、そして死に至る花だ。
どの花も、女王のために懸命に咲いている。
「さて、このくらいでいいかしら……」
女王のための花を、私は両腕に抱え、そしてその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
この毒の花達が、贄の魔女である私の朝食なのだ。