器
「ねぇねぇ、こっちの部屋は本がたくさんある!」
ぱたぱたぱた……。
顔を洗うのもそこそこに駆け出した少女は、サンダルの音を響かせながら長い廊下を探索し始めていた。
橙色のランタンの灯が、細長い石畳を忙しく行き来する。
以前は等間隔に並んだ蜜蝋の灯に照らされていた地下道は、ここに暮らすのが私一人になってからは闇に包まれたままだ。しかし、メリッサに怯む様子は全くない。
「こっちは……なんだ、何もないや……」
「使ってない部屋もあるから」
追い掛けるのはとっくに諦めて、私はランタンを持ってゆっくりと後から付いて行く。
今のうちに色々と頭を整理しておきたかった。
まず、アンソニーはメリッサを「モルガナの血と肉」と呼んでいたそうだが、それは思った以上に正鵠を得ているようだ。
昨晩から今朝にかけての彼女は、ある瞬間は見た目相応の幼い少女らしい振る舞いをし、かと思えばほんの一瞬、まるで心の臓を掴んで揺さぶるかのような圧倒的な美しさを纏う。なのに、普段はこうして妙に幼いやりとりをする。
(この子は、器なんだ……モルガナの血と肉で作られた、モルガナの魂を受けるための……法王庁の作り上げた、禁断の器……)
このメリッサの中には、メリッサという少女と、モルガナという魔女、二人の魂が混在しているのかもしれない。と思えば、納得がいく。
(でも、なぜ……?)
死んだ生き物を再び蘇らせるというのは、魔法ではない。
科学というものが発展してからは、条件さえ揃えば人間の手で行えるようになった、と聞いている。
それが80年前だ。
与太話ではないとしたら、今であればもうその技術は完成しているのだろう。
(法王庁がモルガナの復活を企んでいるとして……魂まで復活できるというのなら、どうしてこんな幼い少女の姿にしたの……?)
「アイリス、こっち来て!」
「……!」
ぱたぱたと走って来た少女に腕を掴まれた。
「ねぇ、あの部屋、何に使ってたの?」
温かな掌の感触に、今更ながら地下通路の冷たさを実感する。
「ほら、ここ……!」
ぐいぐいと引っ張られながら、私は突き当りに近い古びたドアの向こうを、そっと覗いた。
「ほらっ、あれ……どうして壁から鎖が下がってるの?」
あくまでも無邪気で、もっともな問い----。
だが、私はしばらく返事ができなかった。




