ジェヴォーダンの獣
『目標名は、ジェヴォーダンの獣です』
『何それ怖い』
メリッサがすかさず怖がって見せる。
『こういう作戦は大げさな呼称をするものなので、まぁ、言ってみれば正体不明の狼に似た生物ですが、二足歩行するとの報告があります』
『それもう狼じゃない』
曖昧過ぎる説明だが、そもそも人間には手に負えない相手だからこそ魔女が出撃するのだ。正体は倒してみなければ分からないというのは珍しい話でも何でもない。
『狼ではないのね』
『落ちていた体毛を分析した結果、どの生物にも当てはまらない塩基配列だそうです。えぇと、塩基配列とは核酸を構成するヌクレオチドの……』
『とりあえず分かったわ』
私はAIを遮り、頭を整理する。
つまり、存在するはずがない生物がこの市街のど真ん中にいる、という事らしい。
ちなみにジェヴォーダンの獣などという大仰な名前自体は、二百年以上も昔のフランスで既に付けられたものだ。山岳地帯に現れては百人近くの人間を襲ったという怪物の名前である。正体不明のまま事件は終結しているが、実際には法王庁によって鎮圧されているため、厳密に言えば『ジェヴォーダンの獣二世』というところだろうか。
『目標はこの薬局から十一時の方角です』
『一帯を封鎖しているため車両及び歩行者の通行はありませんが、作戦は十五分で完了を厳守してください』
作戦の所要時間が異様に短いのも昔と変わらない。
魔女の撤収後は周辺を浄化するためだそうだ。
『目視で確認後、直ちに作戦を開始してください』
『よし、行くわよ』
背中の剣が、微かにだが震え始めていた。
恐らく半径百メートル以内に、そのジェヴォーダンの獣とやらがいるはずだ。
『戦闘中はあまり接近できませんので、あとの作戦行動はお二人にお任せします』
これは昔と同じだ。
一旦交戦に入ればあとは帰投まで放任される。
死にたがりの魔女達は、番犬などいなくても、きちんと小屋まで戻る。