初めての朝
すぴーすぴーと規則正しく続く健康そのものの寝息を聞きながら、私は糊の利いたシーツの上に暫く横たわっていた。
最初に浮かんだのは、これが一体誰のものなのかという間の抜けた疑問だった。
温室の底には陽の光は届かない。ただ長年の習慣通りに日の出と共に自然に目が覚めるだけだ。
その習慣を破ってくれたのが----隣のベッドに寝ているこの寝息の主だ。
(そっか……この子がいたんだっけ)
開いた瞳に天井が映っている事を確かめ、そっと寝息のする方を見る。
「……うーん」
寝息の主は、今度は寝言らしきものを呟き始めていた。
「もう食べられないよぉ……」
小さな毛布の塊が寝返りを打つたびに、零れ出た黒髪とシーツが微かな衣擦れの音を立てている。
朝だ。
なんとも長閑な、一日の始まり方だ。
この感じは、嫌いではない。
私がまだ人間だった頃も、こんな風にして隣で幸せそうに寝ている存在が----。
胸の奥が、ギュゥッと痛くなる。
懐かしい。
でもその感情は、私の場合、幸せという感情とは恐ろしいくらいに断絶している。
(モルガナ……あの女さえいなければ……私は……私だけじゃない、マヌエルだって……)
「おはよう、アイリス」
気が付けば、白いパジャマを着た少女がベッドから身を起して、私を見ている。
抜け殻のような毛布のせいで、まるで今朝羽化したばかりのモンシロチョウのように頼りない。
朝の光の中で見ると、痛々しいくらいの小ささだ。
(昨日の夜のアレは、本当にこの子だったんだろうか……?)
「大丈夫?」
多分私は眉を寄せていたのだろう、メリッサが心配そうに尋ねてきた。
「よく眠れた?」
その科白は一般的には私が言うべきなのではないかと思うが、
「……ええ」
私が答えると、少女は軽やかに床に飛び降りた。




