↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鶯の声は死神と共に  作者: lazilywalker
5/12

第一章 5, 家を出た娘と、帰ってきた孫

『鶯の声は死神と共に』をお読みいただき、ありがとうございます。


本作は、五年前に起きた少年の失踪事件をめぐるミステリーです。


完結まで、毎日3話ずつ投稿する予定です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。


第五章 家を出た娘と、帰ってきた孫


桐谷恵理と雅之についての整理を終えると、AYAは家族構成の画面に戻った。


次に選んだのは、次女の沙織だった。


「今度は沙織さんですね」


「悠真君も一緒に見よう」


「二人まとめて?」


「うん。この二人は分けない方がいいと思う」


あかねは新しいファイルを開き、二人の名前を入力した。


**桐谷沙織**

**桐谷悠真 十一歳**


AYAは資料を一枚ずつ確認しながら、沙織の生い立ちから追い始めた。


---


沙織は、和子の次女として生まれた。


姉の恵理とは年が離れている。


和子は二人目の子供を妊娠したとき、今度は男の子ならという期待も持っていたらしい。桐谷家を残すことを大切にしていた和子なら、不思議なことではない。


しかし、生まれてきたのは女の子だった。


だからといって、沙織が冷たく扱われたわけではない。


むしろ、姉とはずいぶん違う育てられ方をしている。


父親を早く亡くした恵理は、長女として母を手伝い、家事を覚え、幼い妹の面倒も見てきた。将来は自分が桐谷家を継ぐものだという意識も、早いころから持っていた。


それに対して沙織は、あまり細かなことを言われずに育っている。


「沙織は好きにすればいい」


和子がそう口にすることも珍しくなかった。


良く言えば自由に育てられた末っ子であり、悪く言えば放任に近い。


沙織自身も、姉のように家へ強い責任を感じることはなかった。思ったことは比較的はっきり口にし、興味を持てばすぐに行動する。


和子が桐谷家の話を始めると、


「またその話?」


と面倒そうな顔をすることもあったという。


高校を卒業した十八歳の春、沙織は東京へ出た。


美容師になるためだった。


姉が家に残るのだから、自分まで桐谷家にいる必要はない。


少なくとも当時の沙織は、そう考えていた。


---


東京で美容師として働き始めた沙織は、そこで一人の男性と知り合った。


やがて交際するようになり、妊娠をきっかけに結婚。


生まれた男の子には、悠真と名付けた。


結婚生活が続いたのは、およそ五年間だった。


夫から沙織へのDVがあり、最後には離婚を選んでいる。


幼い悠真を連れて、これからどうするか。


そんな沙織に和子は、


「帰ってくればいい」


と声をかけた。


十八歳で自分から出ていった桐谷家へ、沙織は悠真の手を引いて戻ることになった。


母屋には和子が暮らしていたため、沙織と悠真は同じ敷地にある離れを使うことになった。


庭を挟んですぐ母屋がある。


生活する建物は別でも、悠真が学校から帰ってそのまま祖母のところへ行くには十分近い。


沙織が仕事に出ている間、和子が悠真を見ていることも増えていった。


沙織も、市内の美容院で再び美容師として働き始める。


母と息子の生活は、そこでいったん落ち着いた。


---


その美容院に、相原直人という客が来るようになった。


最初はただの客と美容師だった二人も、沙織が何度か担当するうちに自然と世間話をするようになっていった。


直人には、少しオタクっぽいところがあった。


普段はそれほど口数が多くないのに、好きなものの話になると急に饒舌になる。そのくせ女性には慣れていないらしく、沙織が私生活について少し踏み込むだけで、途端に言葉に詰まった。


そんな不器用さを、沙織は嫌いではなかった。


格好をつけるのが上手いわけでもなければ、女性を喜ばせる言葉が次々に出てくるわけでもない。


前の夫とは、ずいぶん違った。


沙織は一度、同僚に直人のことを話している。


「なんていうか、純情でいい青年って感じ」


「青年って歳?」


そう返されて、沙織も笑ったという。


それでも、ほかにしっくりくる言葉がなかった。


二人は店の外でも会うようになり、やがて交際が始まった。


離婚歴があることも、十一歳になる息子がいることも、沙織は直人に話している。


直人はそれを聞いても、交際をやめようとはしなかった。


---


悠真と直人が初めて会ったときも、特に大きな問題は起きていない。


悠真からすれば、母親が連れてきた知らない大人である。


直人も、いきなり父親のように接することはしなかった。


何度か三人で食事をし、休みの日には一緒に出掛けることもあった。


二人の間を近づけたものの一つがゲームだった。


「それ、知ってるの?」


「知ってるよ」


「やったことある?」


「ある。前のだけど」


そこから話が続いた。


好きなものの話になると直人が急に詳しくなるのは、悠真に対しても同じだった。


悠真も次第に直人と普通に話すようになり、直人が来ることを嫌がっている様子も、沙織には見えなかった。


しばらく交際した後、沙織と直人は結婚を決めた。


結婚に際して直人は相原姓から桐谷姓へ変わり、沙織と悠真が暮らしていた離れに移ってくる。


三人での新しい生活が始まった。


事件が起きる、およそ三か月前のことだった。


---


悠真について、学校側に残されていた記録にも大きな問題は見当たらなかった。


成績は比較的よく、友人もいる。教師との関係も良好で、生徒会活動には自分から参加していた。


高学年になると生徒会長に立候補し、選挙で選ばれている。


だからといって、家でもいつも優等生だったわけではない。


ゲームもするし、宿題を後回しにして沙織に注意されることもある。気に入らないことがあれば口答えもした。


母親には甘える、ごく普通の十一歳でもあった。


そして、悠真が特によく懐いていたのが祖母の和子だった。


幼いころから母屋へ遊びに行き、沙織が仕事をしている間を和子と過ごすことも多い。


和子は孫をかわいがりながら、挨拶や礼儀、人に迷惑をかけないことなどを教えた。


その中には、桐谷家についての話も自然に含まれていた。


この家は昔からここにある。


自分もここで生まれた。


悠真も桐谷家の人間だ。


そんな話を聞きながら、悠真は育った。


祖母も桐谷。


母も桐谷。


伯母も桐谷。


そして自分も桐谷。


悠真にとって、それは物心がついたころから当たり前のことだった。


---


あかねは、そこまで入力すると一度手を止めた。


「最初から仲が悪かったわけじゃないんですね」


「そうみたいだね」


「少なくとも結婚する前は、普通に一緒に遊んでる」


AYAは資料を確認してから頷いた。


交際中の直人と悠真の間に、大きなトラブルがあったという記録は見つかっていない。


あかねは少し考えてから、画面を上へ戻した。


そこには沙織が同僚に話した言葉が残っている。


**純情で、いい青年。**


「これだけ見ると……」


あかねは言いかけて、やめた。


AYAが横を見る。


「何?」


「いや。三か月後のこと知ってると、ちょっと変な感じがして」


AYAは画面に目を戻した。


「そのまま残しておこう」


「この言葉?」


「うん。今はそれでいい」


あかねは保存ボタンを押した。


和子。


恵理と雅之。


沙織と悠真。


これで、直人を迎え入れた側の人間については一通り揃った。


「じゃあ、次は?」


AYAは新しいファイルを開いた。


入力したのは、まだ桐谷姓になる前の名前だった。


**相原直人。**


「この人」


「やっと犯人ですね」


AYAは少しだけ眉を動かした。


「まだ犯人じゃないよ」


「え?」


「この時点ではね」


事件が起きる前から、人間が犯人だったわけではない。


AYAは相原直人の資料を開いた。


「桐谷直人になる前から見よう」


次に調べるのは、事件を起こした男ではない。


まだ何も起こしていなかったころの、相原直人だった。

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・心理描写は架空のものであり、実在の人物や事件について、その動機や内面を説明するものではありません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語は、五年前の失踪事件を追いながら、少しずつ真相へ近づいていきます。


続きは明日、3話投稿予定です。

感想や評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。