↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鶯の声は死神と共に  作者: lazilywalker
3/12

第一章 3, 桐谷和子

『鶯の声は死神と共に』をお読みいただき、ありがとうございます。


本作は、五年前に起きた少年の失踪事件をめぐるミステリーです。


完結まで、毎日3話ずつ投稿する予定です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

桐谷和子


裁判で認定された事件の経緯は、さほど複雑なものではない。


桐谷直人は沙織との結婚を機に、当時十一歳だった悠真との生活を始めた。


それから、およそ三か月。


二人の関係は次第に悪化していった。


事件当日の朝、直人は悠真を学校へ送るため車を出した。


その車内で二人は口論になり、悠真は直人の父親としての立場を否定するような言葉を口にした。


直人は強い怒りを覚え、その後、悠真を殺害。


遺体を山中へ運んで遺棄した。


直人は悠真を学校へ送ったと説明し、行方が分からなくなったとして届け出たが、捜査の末に悠真の遺体が発見され、逮捕された。


殺害と遺棄について、直人は認めている。


裁判では、継父と連れ子との関係悪化を背景に、事件当日の口論をきっかけとして犯行に至ったと認定された。


判決は確定。


その後、服役していた直人は刑務所内で自ら命を絶った。


AYAは裁判記録を閉じた。


「これが裁判で認定された内容ですね」


向かいに座っていたあかねが言った。


「うん」


「本人も認めてる」


「そうだね」


あかねはノートパソコンの画面をスクロールした。


「じゃあ、どこから調べます?」


AYAは前日に作った家族構成を開いた。


画面には桐谷家の人々が並んでいる。


その中から一人を選んだ。


「この人から」


「桐谷和子……七十三歳」


「うん」


あかねは少し不思議そうな顔をした。


「直人さんじゃないんですか?」


「直人さんを調べるためだよ」


AYAは新しいファイルを作った。


最初の一行に名前を入れる。


**桐谷和子 七十三歳**


---


和子は桐谷家の一人娘として生まれた。


兄弟はいない。


幼いころから、自分がこの家を継いでいくものとして育てられた。


成人後に結婚し、夫が桐谷姓となる。


やがて長女の恵理、次女の沙織が生まれた。


地元で桐谷家の名を知らない者は少なかった。


広い敷地に古い母屋。


昔からこの土地に住み続けてきた家。


外から見れば、それなりに裕福な家に見えたかもしれない。


しかし、実際の暮らし向きは違っていた。


特に夫を早く亡くしてからは、和子が二人の娘を育てながら家を維持しなければならなくなった。


土地と家があっても、それだけで生活できるわけではない。


古い家には修繕が必要になる。


税金もかかる。


それでも家を手放さず、二人の娘を育てる。


和子はそんな生活を長く続けた。


状況が変わったのは、長女の恵理が結婚してからだった。


相手は地元の役場に勤める雅之。


二人はお見合いで知り合った。


雅之は五人兄弟の末っ子で、実家には四人の兄がいる。


自分が家を継ぐ立場ではなかったこともあり、結婚すると桐谷姓を名乗った。


役場勤めの雅之には安定した収入があった。


結婚後は桐谷家の家計も支えるようになり、長く余裕のなかった和子の暮らしも少しずつ安定していった。


一方、次女の沙織は姉とは違う道を選んでいた。


沙織は、家を何より大切にする母親の考え方に反発していた。


十八歳になると地元を離れ、東京へ出た。


選んだ仕事は美容師だった。


そのまま東京で働き、そこで知り合った男性と交際。


妊娠をきっかけに結婚し、男の子を出産した。


悠真と名付けた。


しかし、その結婚生活は五年ほどで終わる。


夫から沙織へのDVが原因だった。


離婚を決めた沙織に、


「帰ってくればいい」


そう声をかけたのは和子だった。


沙織は幼い悠真を連れて、かつて自分が飛び出した桐谷家へ戻ってきた。


---


そのころ、恵理と雅之には子供がいなかった。


二人も子供を望んでいた。


恵理は不妊治療も受けていたが、授かることはなかった。


そんな中で、沙織が悠真を連れて帰ってきた。


和子にとって初めての孫。


桐谷家にとっても、ただ一人の孫だった。


沙織と悠真は、和子の暮らす母屋で一緒に生活するようになった。


幼い悠真にとって、桐谷家での生活には、いつも祖母がいた。


朝になれば同じ家で顔を合わせる。


学校から帰れば和子がいる。


その日に学校であったことを話し、一緒に買い物へ行くこともあった。


沙織の仕事が遅くなる日には、和子と二人で夕食をとることもあった。


和子にとっても、悠真の存在は次第に大きくなっていった。


長い間、古い家を守り、二人の娘を育ててきた。


その家の中を、今度は孫が走り回っている。


悠真が帰ってくれば声がする。


学校で何かあれば話を聞く。


夕食の時間になれば同じ食卓につく。


そうした毎日を何年も重ねるうちに、悠真は家族から「お婆ちゃん子」と言われるほど、和子に懐いていった。


和子もまた、悠真をかわいがった。


和子が悠真に教えたのは、最初はごく普通のことだった。


人に会ったら挨拶をする。


何かをしてもらったら礼を言う。


人に迷惑をかけない。


約束は守る。


その中に、桐谷家についての話もあった。


この家は昔からここにある。


自分もここで生まれた。


沙織もここで育った。


そして悠真も、桐谷家の人間なのだと。


「桐谷家の人間として、恥ずかしいことをしてはいけないよ」


和子にとって、それは特別な教育をしているつもりではなかった。


自分が親から教えられてきたことを、孫にも伝えているだけだった。


悠真も祖母の言葉を素直に聞いた。


やがて学校では生徒会活動に参加するようになった。


高学年になると、自分から生徒会長に立候補した。


選挙の結果、悠真は生徒会長に選ばれた。


和子は大いに喜んだ。


恵理も、沙織も、悠真を褒めた。


悠真自身も、それを誇らしく思っていた。


桐谷家へ戻ってから何年もの時間が過ぎていた。


悠真にとって、この家はもう「母親の実家」ではなかった。


祖母と暮らし、母と暮らし、学校へ通い、毎日帰ってくる場所。


自分の家だった。


---


「ここまでかな」


あかねがキーボードから手を離した。


AYAは画面を眺める。


和子の七十三年間をすべて調べたわけではない。


事件と関係しそうな家族の履歴を、時間の順番に並べただけだ。


それでも、一つ見えてくるものがあった。


悠真は、母親の再婚によって突然桐谷家へ入った子供ではない。


幼いころから、この家で育っていた。


祖母と暮らし、自分が桐谷家の人間なのだと教えられながら成長した。


あかねが聞いた。


「次こそ直人さん?」


「まだ」


「まだなんだ」


AYAは家族構成を表示した。


次に選んだのは、和子の長女。


**桐谷恵理、四十八歳。**


「次は、この人」


あかねは新しいファイルを開いた。

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・心理描写は架空のものであり、実在の人物や事件について、その動機や内面を説明するものではありません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語は、五年前の失踪事件を追いながら、少しずつ真相へ近づいていきます。


続きは明日、3話投稿予定です。

感想や評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。