第一章 2、相原直人が桐谷直人になるまで
『鶯の声は死神と共に』をお読みいただき、ありがとうございます。
本作は、五年前に起きた少年の失踪事件をめぐるミステリーです。
完結まで、毎日3話ずつ投稿する予定です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
第二章 桐谷家
翌日。
AYAは、五年前の事件に関する資料を机の上に並べていた。
新聞記事、裁判記録、当時の報道、公開されている資料。
その横で、あかねがノートパソコンを開いている。
「まず、家族構成からまとめます?」
「そうしよう」
AYAは資料の一枚を取り上げた。
事件そのものを見る前に、まず関係者がどのような家族だったのかを整理することにした。
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桐谷家は、地元では昔から知られた家だった。
広い敷地に古い母屋と、少し離れた場所に別棟が建っている。
桐谷和子、七十三歳。
和子には二人の娘がいた。
長女の恵理と、次女の沙織である。
和子は、桐谷家を絶やさないことを大切にしていた。
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長女の桐谷恵理は四十八歳。
夫は桐谷雅之、五十歳。
雅之は地元の役場に勤めていた。
二人はお見合いで知り合った。
雅之は五人兄弟の末っ子だった。
実家には四人の兄がおり、自分が家や姓を継ぐ立場ではなかった。
結婚に際して、雅之は恵理の姓を選んだ。
そうして桐谷雅之となった。
恵理と雅之の間に子供はいない。
二人は桐谷家からそれほど離れていない場所に住み、折に触れて和子のもとを訪れていた。
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次女の沙織は、若いころに地元を離れた。
美容師になるため、都会へ出た。
美容師として働いていたころ、一人の男性と交際するようになった。
その後、沙織の妊娠が分かり、二人は結婚した。
男の子が生まれた。
悠真と名付けられた。
結婚生活は、およそ五年間続いた。
離婚の理由は、夫から沙織へのDVだった。
離婚後、沙織は悠真を連れて地元へ戻った。
実家へ戻るよう勧めたのは和子だった。
当時、姉の恵理と雅之には子供がいなかった。
沙織と悠真は桐谷家へ戻り、敷地内にある別棟で暮らすようになった。
和子は母屋で暮らしていた。
同じ敷地ではあるが、生活する建物は別だった。
沙織はそこから地元の美容院へ通い、美容師として再び働き始めた。
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その美容院を利用していた客の一人が、相原直人だった。
直人は岐阜県内で生まれ育った。
沙織と知り合ったころには両親はすでに亡くなっており、近しい身寄りはいなかった。
地元の学校を卒業したあと、県内の会社に就職していた。
犯罪歴はなかった。
過去に一度だけ、直人の名前が新聞に掲載されたことがある。
川で溺れていた女子中学生を救助したためだった。
その女子中学生が、水瀬美咲だった。
救助後、直人と美咲が継続的に連絡を取った記録はない。
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直人は何度か沙織の勤務する美容院を訪れた。
沙織が直人を担当することもあり、二人は少しずつ話をするようになった。
やがて店の外でも会うようになり、交際を始めた。
沙織には悠真がいることも、離婚歴があることも、直人は交際中に知っていた。
直人は悠真とも会うようになった。
三人で食事をしたり、買い物へ出かけたりすることもあった。
交際を続けた後、直人と沙織は結婚した。
結婚に際して、直人は相原姓から桐谷姓に変わった。
相原直人から、桐谷直人になった。
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結婚後、直人は沙織と悠真が暮らしていた別棟へ移った。
母屋には和子が住んでいる。
別棟には、直人、沙織、悠真の三人。
恵理と雅之は近隣の自宅で生活していた。
同じ敷地に住む和子と悠真は、日常的に行き来していた。
悠真は幼いころから和子によく懐いていた。
家族も、悠真を「お婆ちゃん子」と呼んでいた。
和子は悠真に、家を大切にするよう教えていた。
「桐谷家の人間として、恥ずかしいことをしてはいけない」
そう言われて育ったことを、後に親族が話している。
悠真は学校で生徒会活動に参加した。
高学年になると、自ら生徒会長に立候補した。
選挙の結果、悠真は生徒会長に選ばれた。
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あかねがノートパソコンの画面を見ながら読み上げる。
「桐谷和子、七十三歳。母屋に居住」
「うん」
「長女、桐谷恵理、四十八歳。夫、桐谷雅之、五十歳」
AYAが資料を確認した。
「雅之さんは五人兄弟の末っ子。役場勤務。結婚して桐谷姓になった」
「子供はいない」
「はい」
あかねが続ける。
「次女、桐谷沙織」
その下に名前を入力する。
「夫、桐谷直人。旧姓、相原」
さらに一段下へ。
「桐谷悠真。沙織さんと前の夫との子供」
AYAが画面を見る。
「住居も入れておこう」
「母屋が和子さん」
あかねが入力する。
「別棟に、直人さん、沙織さん、悠真君」
「恵理さんと雅之さんは近所の別宅」
「はい」
入力を終えると、画面には桐谷家の家族構成が並んでいた。
あかねがファイルを保存する。
――桐谷家・家族構成。
「これでいいですか?」
AYAは画面を確認した。
「うん」
「次は?」
AYAは机の上に置かれた別の資料を手に取った。
「直人さんが桐谷家に入ってから、事件が起きるまで」
あかねが新しいファイルを開く。
「何年分です?」
AYAは資料の日付を確認した。
「結婚したところから全部」
「分かりました」
画面には、まだ何も書かれていなかった。
そこから先に何があったのか。
それを調べるのは、これからだった。
※本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・心理描写は架空のものであり、実在の人物や事件について、その動機や内面を説明するものではありません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語は、五年前の失踪事件を追いながら、少しずつ真相へ近づいていきます。
続きは明日、3話投稿予定です。
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