第9話【転生者同士】
「続きをしよう。今すぐ」
ユリアナ嬢から書状を握りしめたまま、クレア嬢へそう伝える。
講習会をして、謝罪の作法を身に付けるために。
彼女からの書状の要求を叶えるために。
握っている書状に、力が入る。
紙が、わずかに音を立てた。
(遅い)
今日、拒絶されたばかりだ。
それでも、まだ足りない気がした。
「今すぐ、の前に殿下。深呼吸」
「すぅ~はぁ~」
そう言われ、深く息を吸って、吐く。
心が落ち着く。
「声量は?」
「小さめ」
「”はい”」
「……はい」
小さい声で返事をする。
クレア嬢は完全に先生であった。
「よろしい。ですが、外を見てください」
廊下の窓を見てみると、空は暗くなっていた。
橙色は見えなくて、濃い藍色に染まっていて星がよく見える。
「夜になっている」
いつもだったら、そろそろ夕食になる。
今日はクレア嬢と一緒だったが。
「そうですね。私に二度目の転生を行わせたいなら、このまましましょうか」
二度目の転生って。
クレア嬢ははっきりと、圧を加えていた。
過労死させたいのかと。
「まあ、転生してもまたヒロインになれるわけではないですし、私も休みたいから、明日にしましょう」
講習会をしたのが、夕方だったからな。
仕方ないかもしれないが。
にしても、クレア嬢の二度目の転生はモブってか?
もうちょっと良いポジションを希望しても良いんじゃ。
「ああ」
「殿下」
クレア嬢は少しだけ声を落とした。
「謝る時、一番大事なのは何だと思いますか?」
俺を見つめている。
「言葉か?」
「違います」
即答だった。
「”何を壊したか”を、自覚することです」
その言葉で、息が詰まる。
何を、壊した?
分かっているはずなのに、言葉に出来ない。
「ただ殿下。ユリアナ様の心に届くには、言葉だけじゃなくて行動も必要です」
アドバイスのようにクレア嬢は言葉を。
「前世では、絵で想いを伝えてたんだけどな」
言った瞬間、違和感が残る。
あれは、逃げだったんじゃないか。
言葉にしなくてもいい形で、気持ちを誤魔化していただけじゃないのか。
「描いてみたらどうですか? 完璧じゃなくても、気持ちが伝わるかも」
微笑みながら俺を見ていた。
「殿下、では明日です」
そして、そう言ってクレア嬢は帰っていった。
今日はユリアナ嬢に二度目の土下座をして拒絶され、クレア嬢から怒られた上に転生者だって分かった。そして、謝罪の講習会を行った。
本当に密度が濃かったな。
明日は講習会の続きか。
「殿下、本日はお疲れのようでしたので、こちらにいたしました」
レーナが料理を並べていく。
パンにスープ、そして牛肉のソテー、そして良い香りがするお茶。
「スープはなんだ?」
「責任ある立場の者のための滋養スープです。こちらは心を落ち着ける香草茶です」
何という名前の料理なんだよ。
俺を狙い撃ちにしたような、名前だなんて。
(落ち着いていたら、こんなことになっていない)
「殿下、栄養は摂ってください」
レーナははっきりと言っていた。
頷きながら食べていく。
「美味しい」
そう言いながらも、味はほどんど分からなかった。
頭の中では、あの時の光景が繰り返されている。
震えていた手。
言えなかった言葉。
「よく眠れそうだな」
何とか夕食を食べた後、俺は自室でベッドで眠りに。
そう呟いた通り、すぐに熟睡してしまった。
気持ちよく眠れたと思う。
【クレア視点】
「転生したのが、バレちゃったな」
私は王太子《レオポルド殿下》との講習会を終わらせ、食事を済ませ官舎の部屋に戻って、ぼんやりと呟いた。
静かな夜で、疲労感だけが私にはあった。
これまで私はゲーム『恋と王冠とティータイム』と同じ世界として、ハッピーエンドになるため、ほぼその通りに動いてきた。
前の世界で、新宮陽歌として生きてきた私が、あのゲームのヒロインである、クレア・ユングホルツに転生した。
とても嬉しかった。
無茶苦茶あのゲームを遊んでいたのだから。
記憶をほぼ引き継ぎいだ状態だったし、ゲームの通りに動いていくのは可能だった。
世界だってほぼその通りに。
で、悪役令嬢のユリアナは婚約者の殿下と婚約破棄をした。
そこまでは良かった。
エンディングに進むかと思っていたのに。
殿下が謝罪をした。最初は誰か分からなかった。
けれども、あのユリアナと謝罪をしていたって分かった瞬間、私の未来に蔭りが起こった。
どうして謝ったんだろう。
ゲームでは一切謝らなかったのに。
本来ならユリアナは、そのままフェードアウト。だったはず。
確かにゲームと現実は違っているのは、分かっていた。
殿下からその話を聞いて、私は動揺してしまった。
(バレたくないって思ったんだけどね)
だってハッピーエンドを崩壊させたくなかったから。
でも私は弱いのかな。
後押ししちゃった。
ユリアナを悪く言ったり、謝罪を止めれば良いのに。
(何で見ちゃったんだろう)
そして立場上、同行せざるを得なかった彼女の屋敷で、遠目から殿下が土下座をしていた。
土下座なんて、この世界では絶対に見ないもの。
この謝罪方法は前世でしか見たことがない。それもマンガかドラマでしか。
彼が何を言っていたのかは分からない。
でも、落ち込んでいる様子だった。
受け入れてもらえなかったのだろう。
「私、わざわざ自白するような事を言ったんだろうね」
殿下を叱りながら、彼も転生した事を知った。
だからこそ、土下座をしたのだって、私は察してしまった。
転生者とはいえ、彼はれっきとしたこの国の王太子。
結ばれたって良かった。
自爆させていったら、ユリアナとは絶縁されて落ち込んだ可能性が高い。
そこに私が慰めれば、結ばれることになった。
でもしなかった。いや、出来なかった。
ヒドインになるのが嫌だったからかな。かつてスマホで見た小説作品のように。
ーー違う。
本当は、怖かったんだ。
あの時、ほんの少し手を伸ばせば、殿下は私を選んでいたかもしれない。
もし、あの時。
殿下が私を見ていたら。
手を伸ばしていたら。
ーー私は、きっと掴んでいた。
ユリアナ様がそこにいても。
関係なく。
そうしていた自分を、想像できてしまった。
でも、それは”選ばれた”んじゃない。
”弱っているところに入り込んだ”だけだ。
そんな形で手に入れた物を、私はきっと、大事にできない。
もしも殿下の自爆を狙えば、その瞬間に私はヒドインへと成り果てる。
私がヒロインだからって、何でもしていい訳じゃない。
それなら、私はそれぞれが幸せになる方のがいい。
別の道だってあるのだから。
だからこそ私はバレるのを覚悟で、土下座を指摘した。
「ああ、お人好しすぎる」
悪役令嬢であったユリアナ様との仲を戻すために、私が殿下へ講習をするなんて。
バカかもしれない。
でもそれが幸せになるなら、良いのかな。
私は聖女でもないけれど、幸せになるように導くのは出来る。
それが今の私の役割なのだから。
「明日から頑張らないと」
苦笑いしながら私は眠りにつく。
殿下がユリアナ様を選ぶなら、私はーー応援するしかない。
でも、もし選ばれなかったら?
その時、殿下はきっと、今度こそ壊れる。
(……だから)
目を閉じる。
最後まで、見届けるしかない。
ーーどちらが壊れるとしても。
こうなったら、最後まで付き合ってあげるから。
ーー逃げないでよ、殿下。




