第10話【封筒は間違えないように】
「おはようございます、殿下」
次の日、クレア嬢は朝に俺の執務室へやってきた。
メモ帳を手に持ちながら。
「クレア嬢、おはよう」
「さて、昨日の続きをしましょう」
講習会の続きだな。
「ああ」
「殿下。次の行動は”訪問”ではありません」
クレア嬢が最初に言い放ったのは、俺が考えていたものとは違った事であった。
「だが謝罪は直接ーー」
「禁止です。”許しを取りに行く動き”に見えます」
俺の言葉を遮る形で否定した。
「じゃあ、どうする」
「文書です。短く、事実だけ。許しを請わない」
「……文書、俺が?」
確かに王太子として、個人的な文書は何度も書いているが。
ユリアナ嬢に謝罪文を書くのか。
「王太子だからこそ、です」
クレア嬢ははっきりと言い放った。
俺は机の中にある引き出しから便箋を取り出して、書いていくことに。
「まずは殿下が思う感じで書いてください」
そう言われて、俺が思う感じの謝罪文を書いていく。
少しして書き上がった。
『ユリアナ嬢へ、君のためだったという婚約破棄の理由は間違いでした。土下座してお詫びします。婚約者という関係に必ず戻します。ですので許してください』
それをクレア嬢に見せる。
するとじっくりと読んだ後、赤いインクに漬けたペンで添削を行っていく。
「まず、ここ。”許してください”。禁止です」
バツ印が上書きされるように書かれた。
「次、ここ。”君のため”。NGワードです」
バツ印。
「次、ここ。”土下座”。外交事故です」
バツ。
「次、ここ。”必ず戻します”。脅迫に聞こえます」
バツ。
クレア嬢の添削は徹底的に行われた。
「全部ダメじゃないか!」
ほぼ全ての箇所において、赤が入っている。
全く使えないということ。
「はい」
それでもクレア嬢が平然としていた。
「殿下、私が作り方を教えますから、そんな感じに作ってください」
「は、はい」
「まずは、請う形で作らない。主語を殿下にして、自分の責任を言うこと。失ったものを短く列挙していく。そして次の行動だけを提示する。約束ではなく先にやることをです」
色々と言っている。
俺はそれに対してメモを取っていった。
「では殿下、書いてみてください」
「ああ」
クレア嬢の言葉通りに、謝罪文を書いていく。
さっきよりも難しかったが、仕方がない。
「出来た」
「拝見します」
『ユリアナ様。
私は婚約破棄にあたり、説明を放棄しました。
あなたの時間・尊厳・信頼を損ねました。
許しは求めません。
次は”行動”で示します。
面会の可否はあなたの判断に委ねます。
可能であれば、近いうちにお返事をいただければ幸いです』
それを見て、軽く頷いた。
「これでやっと”謝罪の入口”です」
「入口か」
「はい。入口です。ゴールじゃない」
これって入口までも遠すぎるし、ゴールまでも遠すぎる。
それでもここから走るしかないよな。
「よし完璧だ」
謝罪文が完成し、クレア嬢も見ている。
「言わない。完璧って言わない」
呆れた顔をしていた。
「整った」
「よろしい。では宛名」
言葉を訂正して、引き出しから封筒を取り出す。
一枚だけ出そうとして、何枚か出してしまったが。
「ルイッツホーフ家、ユリアナ様」
他でも書いているものだからな。
テンプレート的な書き方は分かっている。
「肩書きは?」
「……元婚約者」
クレア嬢から言われて考える。
ただ、それしか思いつかなかった。
「余計な感情を入れない。氏名と敬称だけ。入れても公爵令嬢だけ」
「分かった」
机に出した一枚を選んで宛名を書いていく。
何枚も出していたため、封筒の色が違うのに全く気づかなかったが。
「公爵令嬢ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ様」
宛名を書き込んでいく。
「それでも良いですね」
クレア嬢は頷いた。
封筒の中に謝罪文を入れて封蝋をする。
(私用印、使うべきか? いや、強い方が誠意だよな)
そして垂らした蝋に印を押す。
前世ではこんなのやったことないよな。やっても、スティック糊を綴じる部分につけて貼り付けるだけ。たまに封筒自体に糊付けがされてあって、貼り付けるだけってのもあったが。
「それ、王家の印です」
印を押すタイミング、クレア嬢が指摘していた。
俺が押したのは、王家の正式印。王太子としての私用印もあるが、今回はこれで。
何故あるのかというと、たまに俺が委任される形で書くから。
まあ王宮には、父上である陛下と俺の執務室に二つ置いてあるだけ。
「分かっている。強い方が誠意がーー」
部下の妻へ送る手紙で、”天下布武”って押していた話もあるしな。
「強いの禁止です!」
だけどもう押されていたこともあって、出すことに。
レーナに渡して、これで一旦は完了した。
ユリアナ嬢からはどんな返事が来るのだろうか。
「お腹空いたな」
手紙を書くのに全力を使ったのもあって、疲労が出ている。
空腹だって感じていた。
「私もです」
頭を片手で抱えながら、クレア嬢も同じ状態になっているようだった。
だからこそ、俺とクレア嬢は一緒に食べることにした。
執務室ではなく、食堂でだが。
午後からは公務をすることにしているから。彼女に手伝ってもらいながら。
「殿下、こちらで大丈夫でしょうか」
「ああ」
食事後、予定通りに公務は進んでいった。
公務の時のクレア嬢は、補佐としての仕事をしていた。
「殿下。外務院より照会が」
夕方になる少し前、文官のガスペリが執務室に入ってきた。
少し慌て困ったような様子で。
「外務院?」
どうしてそこから。
「殿下から”ルイッツホーフ家宛の外交文書”が届いたと」
「外交文書?」
クレア嬢が怪訝な顔をしている。
変な状況になっているからだ。
俺からルイッツホーフ家宛って言えば……
「手紙だが」
「王家の印が押されております」
「……あ」
やはりあれか。
どうして謝罪文が外交文書扱いになっているんだ。
「ガスペリ、どうしてあれがになっているんだ」
「印が押されており、外交文書用の封筒に入っていたためだと」
「しまった」
そういう事か。
机の中にある封筒は、二種類あった。
一つは私信用の封筒。もう一つは外交文書用の封筒。
俺は間違えて外交文章用の封筒に謝罪文を入れて、王家の印付きでユリアナ嬢に送ったのだ。
「殿下?」
クレア嬢は低めの声で俺を呼ぶ。
「それと、回答期限は明朝になっているようです」
「期限!? それも明朝!?」
そんなもの書いた覚えがないが……
”近いうち”という言葉が、ユリアナ嬢には明朝に捉えられたのか。
「と、とりあえず、あれは私信だ。間違えただけ」
俺は急いでガスペリに指示をする。
「分かりました。ルイッツホーフ側もそのように要請しておりますので」
「助かる」
行動が早くて良かった。
謝罪文だから、ユリアナ嬢もそう判断しているんだな。
「では外務院へは、私信であると報告しておきます」
そう言って、ガスペリは執務室を出ていった。
出ていった後、クレア嬢は詰め寄った。
「殿下、あなたは”期限”を作ったんですか!?」
「ご、誤解だ」
曖昧だったのが逆に、ユリアナ嬢にとってはすぐって思われたんだ。
「まあ、そうですね。私も気づきませんでした」
だからこそ、クレア嬢はそこまで声を荒げることは無かった。
そして頭を抱えて疲れた笑みをみせるクレア嬢。
慰めたいが、余計に怒られるだけだろう。
「もう届いたのは仕方ありません。公務を続けましょう」
「ああ」
それからまた公務を続けていく。
夕方遅く、空に藍色が見えようとしているタイミング、レーナが封筒を持ってやってきた。
「殿下、ユリアナ様から返信が来ました」
もしかして、早速返事を書いて持ってきたと言うことなのか。
王都市内にあるから、返事だってすぐに出せるだろうから。
「見せてくれ」
俺は受け取った封筒を開いて中身を見ていく。
そこには、短くこう書かれていた。
『殿下。行動とは、まず”正しい封筒と宛先”を選ぶことです。そして王家の印でわたくしの人生に期限を付けないでください』
はっきりと、俺がしたことへの反撃をしているようだった。
完全に俺へと突き刺さっている。
「……講習会、追加してくれ」
俺は顔を真っ青にしながら、クレア嬢に話す。
「はい。今度は”宛名と封筒”の講習から」
クレア嬢は平然とそう宣言した。
間違えていたところからか。
「そんな講習まで」
「必要です」
こうして俺は、謝罪の前に”事務”で死んだ。




