第11話【近いうちは翌営業日】
【書記官 ジュゼッペ視点】
「外務卿、お呼びでしょうか」
この日の昼下がり、私は外務院に呼び出された。
どうしたのだろうか。
「モンペリエ王宮書記官、突然ですまない。実は、外交文書がルイッツホーフ公爵家宛に送られてね」
ルイッツホーフ家。
我が王国でも有力な公爵家。
その令嬢であるユリアナは、先日まで王太子であるレオポルド殿下の婚約者だった。
「何か問題があったのでしょうか」
王家から出された国内の公爵や侯爵宛の外交文書は、外務院を通して出される。
それ自体は問題ない。
「ああ。その外交文書は、レオポルド殿下から公爵令嬢のユリアナ嬢個人へ届けられていてね」
婚約破棄した関係であるが、何故個人宛に外交文章が。
確かに何か問題が起きている可能性がある。
「先程、ルイッツホーフ家使用人のサルチャク・ウール氏より、外交文書から私信への取り下げを要請してきた。回答は公爵家の規則に則って明朝までにすると」
外交文書を私信にしてほしい?
どういうことなんだ。
「封筒は外交文書用だったし、王家の正式な印も押されていた。だから、そのまま送ったんだが」
もしかして間違えたのだろうか。
実物を見ていないので分からないが。
「侍女のレーナ・ニコシアが、封筒と印から判断して届けたらしい」
変に質問しないよな。
完璧に形が決まっているなら、信じるだろう。
「殿下に状況を確認して、こちらに伝えてほしい」
「分かりました」
面倒なことになったな。
だがやらないと。
(形式だけが先に走る。それが一番、厄介だ)
とりあえず王宮へ戻って、文官のガスペリにこの事を伝えた。
「さっき外務院から照会があった」
「何があったんだ?」
ガスペリはそう疑問に思っている。
「ルイッツホーフ家に外交文書が届いた。差出人は殿下で、外交文書用の封筒に王家の正式印もあった。ただ、ルイッツホーフ家側は明朝までに回答はするが、外交文書を私信扱いにしてほしいという内容だ」
「それは面倒な事だな」
話を聞いて、そう感想を口にしていた。
「ちょっと殿下に訊いてきてくれるか?」
「はい、了解です」
彼はそのまま行ってしまった。
そしてしばらくして、ガスペリは戻ってきた。
「殿下からも私信扱いにしてほしいと。間違っていた模様です」
「ありがとう」
私はまた外務院へ行った。
報告をするために。
「私信扱いに訂正か、分かった。ボリス陛下へ報告書を書いてくれ」
「分かりました」
外務卿は頷いて外務院での話は終わった。
「殿下の”私信”は、時々国を揺らす」
そう外務卿は呟きながら。
とりあえず私は報告書を書き、陛下の執務室へと届けていく。
「陛下、よろしいでしょうか」
私は執務室にいた陛下に、今回の報告書を届けた。
神妙な面持ちで見続ける陛下。
「誰が、なぜ、これを許可した?」
次に開いた言葉はそれだった。静かで、疑問に思っているようだった。
こっちに質問しているのと両方で。
「形式上は、王太子殿下ご自身の裁量です」
とりあえず、当たり障りのない言葉を伝えた。
「中身は?」
「誰も読んでおりません」
「…………」
陛下は何も答えなかった。
読まれていない。それが、最悪だ。
「分かった。ご苦労だった。では、下がって良い」
「はい」
私は一礼し、執務室を後にした。
【ユリアナ視点】
この日の昼時。
わたくしは昼食を取った後、侍女のアレリアに淹れてもらった紅茶を飲んでいた。
王宮へは行かなくなって、何となく落ち着いていたのもあったが。
殿下は、公務で迷われていないのか。それは気がかりだけど。失敗をしてしまわないのかというのだって。
いえ、わたくしは殿下に捨てられた。
ただそれを拾いに来ている。
そんな方の心配なんて、必要ないのに。
無いはずなのに。
「お嬢様、王宮からの書状です」
使用人のサルチャクが少々慌てた様子で一枚の封筒を持ってきた。
宛名はわたくし、差出人は殿下。
手渡された瞬間、通常の私信とは違うのを感じた。
封筒が違っている。
わたくし宛に送るはずの、色と装丁。
そして封蝋。
「王家の印、ですのね」
正式なもの。
それがはっきりとした、外交文書だって分かった。
私信ではない。
「何故、今頃になって送るのかしら」
婚約解消の正式書類は既に届いている。
なのにわたくし宛に何を送ろうというのか。
そのために、わたくしは開けられなかった。
「誠意、なの?」
予想できるとすれば、それしかない。
昨日の行為も合わせて、殿下がしようとしているのは、わたくしへの謝罪。
そう予想し、一拍置いて、開けてみることにした。
中に入っていた便箋には、殿下からの文章が書かれていた。
『ユリアナ様。
私は婚約破棄にあたり、説明を放棄しました。
あなたの時間・尊厳・信頼を損ねました。
許しは求めません。
次は”行動”で示します。
面会の可否はあなたの判断に委ねます。
可能であれば、近いうちにお返事をいただければ幸いです』
「やはりそうでしたのね」
何故、外交文書にしたのだろうか。
外交文書にすることで、わたくしから許しを得るため?
この封筒で王家の印を押せば、確実に許してもらえると。わたくしは許さざるを得ないと。
そんなことをしなくていいのに。
でも、間違えた可能性はあるのだろうか。
内容は確実に私信だから。
「王家の印だけ押して、封筒だけ間違えた、のかしら」
宛名がわたくし本人。
むしろその可能性がある。
「……殿下は失敗してしまったのね」
これが私信であるのなら、わたくしに送る封筒を誤ったという事。
失敗するなんて、わたくしが注意した事なのに。
届かなかったのかしら。
こんな事で、殿下にはわたくしが必要だって思わせないで。
まだ許せるわけがない。
「とりあえずサルチャク、これを外務院へ」
わたくしはとりあえず私信扱いに変えてもらうように、依頼をする文書を書く。
外交文書ではないのだから。
後始末をしないと、問題が大きくなる。
「後、回答は明朝までにすると伝えて」
「畏まりました」
彼には外務院へ行ってもらうことに。
明朝は、ルイッツホーフ公爵家の事務規定で定められている事。
『近いうち』と書かれている文書には、翌営業日で対応すると。
これは、殿下が書いている。
わたくしが期限を決めたものではないから。
「さて、返信をしませんと」
文章で届けられたのならば、同じく文書で返さないと。
それにわたくしが今向かえば、あの姿勢をして気持ちを押し切られるだろう。
許してしまうかもしれない。
だからこそ、わたくしは便箋を取り出して書いていく。
長く、ではなく短く。
感情を伝えないで。
『殿下。行動とは、まず”正しい封筒と宛先”を選ぶことです。そして王家の印でわたくしの人生に期限を付けないでください』
王家の印を押す方と、わたくしの人生を語ることは出来ないから。




