第12話【宰相からの説教】
「講習会ですが、明日でよろしいでしょうか?」
ユリアナ嬢からの返信を受け取った後、クレア嬢からはそう言われた。
「そうだな」
夕方遅くになっているから、クレア嬢も疲れているはず。
また拒絶したら、俺を巻き込んで転生されそうだ。
俺自身も疲れているから、明日で良いな。うん。
そう思って、机の上の書類などを片付けていく。
「殿下、デメルジス宰相閣下がお呼びです」
するとガスペリからそんな伝言が。
宰相から呼ばれるって、何かしたのだろうか。
いや心当たりがあるとすれば、アレなんだが。
「どういった理由だ?」
ガスペリに問いかける。
「それは、今日送った封筒についてのものだと」
返ってきた返事は、やはりそうだった。
流石に呼び出されるよな。
とはいえ、事務ミスの確認だろう。
「分かった。下がっていい」
俺は頷いて、彼を出ていかせる。
「では、殿下。本日は失礼します」
「ああ。明日……頼むな」
クレア嬢も同時に俺の執務室を後にしていた。
苦笑いしながら、彼女を見送った。
そして俺は執務室を出ていって、宰相の執務室へ。
「失礼します。レオポルドです」
「どうぞ」
執務室には宰相が椅子に座って、仕事をしていた。
「座りなさい」
宰相は応接用のソファに座らせる。
机の上には空のカップとポットが。
彼はゆっくりとポットから紅茶を入れて、差し出した。
「飲め。喉が渇いていると、人は余計な言葉を使う」
そう言われて、俺は身構てしまった。
デメルジス宰相は、重要な話をする時に紅茶を用意するから。
俺は恐る恐る飲んでいく。
味は分からなかった。ただ温かさだけが、喉を通った。
飲み干すくらいには、熱くはない。
「さて殿下。今日君は、王家の正式印を使い、ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢宛に外交文書を送ったそうだが、事実か?」
瞳を凝らしてこっちを見ている。
嘘はつけないし、事実でしかない。
「はい」
俺は頷いて宰相の反応を見る。
怒られるのだろうか。
陛下《父上》ほどではないが、はっきりと述べるからな。
だけどそれなら、父上は怒っていないのだろうか。
「そうか。それを私信扱いに訂正させたのも、事実か?」
「はい」
頷くだけ。
それしか宰相へは言えなかった。
「なぜ、その形式を選んだ?」
「実は謝罪のための文書で、王家の印を使えば誠意が伝わるだろうと」
理由はそれだけ。
クレア嬢にも叱られていたが、結局はそのまま出した。
「外交文書用の封筒も同様かね?」
「いえ。それは間違えただけです」
宰相は嘆息をして、軽く頭をかいていた。
ろくでもない光景を見ているかのように。
「言っておくが今回の件、陛下は既にご存じだ。陛下から私に伝えられたのだ」
知っているんだ。
二重に怒られるということか?
憂鬱になりそうだ。
身体が重く感じる。
「陛下から私に一任されている。陛下の下へ行く必要は無いが」
それは良かったが。
少し軽くなった気分だ。
「だからこそ言う。王家の印は”誠意”ではない。”力”だ」
はっきりと言葉を俺に放った。
言葉の剣は突き刺さって、ダメージを負っているような感じ。
「君はその力で謝罪を受け入れさせようとした」
返す言葉も無かった。
それを何も口に出来ず、ただ受け入れていくしかない。
「彼女は”元婚約者”ではない。今は”王家に対して拒否できる立場の私人”だ」
ユリアナ嬢を私人と言及した。
宰相はもう彼女は王宮とは関係が無いって、説明しているようだった。
「その相手に、期限と印を与えた」
既に頭は言葉を探している最中で止まっている。
ロードが繰り返されたまま、フリーズしているようだ。
「拒絶を言わせないように」
期限はユリアナ嬢が勝手に解釈したものだが。
とはいえ、そんな事を打ち明けたところで、宰相は怒るだけだろう。
それが彼女の判断であったとしても、そう思わせた時点で、俺の負けだ。
宰相はため息を吐き、ゆっくりと声を継いだ。
「君は拒否される可能性を、最初から許容したのか?」
その問いかけに、俺は何も応えられなかった。
結局、ユリアナ嬢には三回も拒絶されているだからだ。
土下座二回、文章一回。
「いえ……」
口にしたのはそれだけ。
「今回は注意だけにしておく」
一拍置いて、宰相は忠告してきた。
「だが、次は”王太子としてではない者”として動け」
「はい」
「今後、ユリアナ嬢には私信の形式で、期限を切らないように。当然であるが、王家の正式印を使うのは禁止にする」
それは命令であった。
拒否権のない。
「その通りにいたします」
「よろしい。ま、紅茶はまだあるが、どうだ?」
説教はこれで終わったから、表情を和らげて
「いただきます」
もう一杯紅茶を口にした。
「殿下、王太子が婚約者なしで三ヶ月も経てば、隣国からの使節が『王位継承の安定』を理由に圧力をかけてくる。ルイッツホーフ公爵家が黙っているのも不自然だ。国が揺らぐ前に、決着をつけよ」
……確かに、父上も宰相も、俺の私情が国を危うくしているって思ってるんだな。ユリアナ嬢を失った穴は、俺一人の問題じゃなかった。
紅茶を飲みながら、宰相の話を聞いていく。
「さて、最後に覚えておけ。沈黙を選べる相手に、声を強くしてはならない」
そしてカップが空になって、部屋を出ていこうとした時、宰相がそう刺した。
(……俺は、また”強い方”で動いていた)
力で押そうとした。ユリアナ嬢はもう、俺の声に耳を傾ける義務なんてないのに……選ばれなくても、俺は彼女のそばにいたい。
それが本当の覚悟だ。
俺は宰相の執務室を後にした。
窓の外は完全に真っ暗になっていて、夜の時間となっていた。
後は夕食を食べて寝るだけ。
そう思いながら、ゆっくりと俺は王宮の廊下を進んでいった。疲労もあって、重めの足取りで。
夕食はちゃんと口に出来るのか?
すると背後から声がした。
「殿下、紅茶飲めました?」
声を掛けてきたのは、帰ったはずのクレア嬢だった。
まるで女子高生が、おどけて話しかけるように。
「味は感じなかったよ。熱かっただけだな」
感想を述べていく。
紅茶が出ているって知っているんだな。
「そうだったんですね」
クレア嬢はため息を吐きながら、苦笑いしていた。
「残っていたんだな」
「まあね。殿下の事が気になっちゃって」
正直、少しだけ救われた気がした。
それでもーーここにいてほしいと願う資格は、今の俺にはない。
苦笑いのまま、俺達は歩みを共にしていく。
気分は何となく、帰り道を歩く高校生同士だな。
「また間違えた」
少しして、俺はぽつりぽつりと、クレア嬢に伝えていく。
それを否定せずに頷きながら、彼女は耳を傾けていった。
「強い方で動いていた」
「何か言われたの?」
彼女は明るめの声を出しながら、問いかけていた。
上手く口に出来るように。
「宰相に厳しく言われたよ。王家の印は”誠意”ではない。”力”だ、だって。怒鳴られた訳じゃないが」
俺は俯きながら、クレア嬢に言葉を吐き出した。
「……でも、逃げませんでしたよね」
聞き終わったクレア嬢は、ぽつりと言葉を伝えていった。
その言葉を耳にして、俺はクレア嬢に向かって顔を上げる。
「謝罪が失敗だったとしても、”謝ろうとした王太子”は、ゲームには存在しませんでしたよ」
確かにそうだったな。
ゲームでは、悪役令嬢に一切謝罪していない。
その後も、ゲームの王太子は気にしていなかった。
俺がしていたのは、完全に独自の流れだ。
「だから私は、殿下を止めたくなったんです。壊れたルートでもやり直そうとする人ですから」
クレア嬢は優しく胸の内を述懐していく。
「明日も続けます」
そして”ただし”、と付け加えて。
「今度は、”選ばれない覚悟”を持ったまま」
ほんのりと微笑をクレア嬢は見せていた。
「さてと、では明日ですね」
そう言い残して、クレア嬢は帰っていった。
後ろ姿、何か可憐だな。
「ああ」
俺はそんな彼女へ、それだけしか言うしか出来なかったが。
明日もか。失敗しないと良いけれど。




