第13話【今回は完璧だったはずなのに】
ユリアナ嬢からの返信が届いた次の日。
封筒を間違えた上、宰相に怒られたので、疲れを感じながら熟睡した。
本当、よく眠れたよ。
という事で、執務室にてクレア嬢の講習会三日目が行われていた。
「お二人、本日もご一緒ですね」
侍女のレーナが紅茶のカップを置きながら、そう呟いていた。
「講習をしないといけませんから」
はっきりとクレア嬢はそう言い放った。
「見学してもよろしいでしょうか?」
「君も見るのか?」
レーナがそう問いかけているが、俺達は転生前の知識もあるんだが。
その部分に関しては、大丈夫なのか?
「はい、気になりまして」
微笑みながら、そう話していた。
「昨日は誤って、殿下の封筒を外務院に届けてしまいましたし」
そうだったよな。
彼女に渡していたから、昨日の騒動になったんだっけ。
「良いんだ。外交文章用の封筒に入れたからな」
俺が悪いからな。
宛名で内務局に届けるように判断してくれって、分かるわけないから。
「それもありますので」
だから聞きたいんだな。
「少々専門的なお話もしますが、よろしいでしょうか?」
「問題ありません。質問もしないので、邪魔はしないかと」
クレア嬢はそう訊いていたが、レーナは同意していた。
「分かりました」
頷いて、レーナは部屋の端で傍観したのだった。
「さて、昨日や一昨日の続きといきましょうか」
メモや本を持ちながら、彼女はこの講習会を始めていった。
「お願いする」
机には書き取り用の紙が。手にはペンを持つ。
これって、高校生だった時を思い出すな。
まあ、王太子しても俺付きの教師から教えてもらっていたので、同じなんだが。
そう思っていると、クレア嬢は長ったらしい紙を読み上げていった。
「チェック項目を読み上げますので、確認をお願いします」
「よ、読み上げるのか?」
結構ありそうなんだが。
「はい、間違えないように。忘れているかもしれませんので」
「分かった」
そして彼女はそのチェック項目を読み上げていった。
「では……
『王家の印は使用しない』
『封筒は私信用を使用して、色の確認をすること』
『宛名は氏名と敬称のみ』
『期限表現は一切なし』
『許しを請う表現はしない』
『【君のため】は絶対禁止』
『土下座、考えるのも禁止です』
以上、守れるでしょうか?』
長いものの、昨日の復習及び失敗したところの確認を含めてのチェック。
これだけしないといけないのか。
「ああ……」
苦笑いしながら、返事をする。
「今回は、”正しい人間”になる練習ではありません。”余計なことをしない人間”になる練習です」
「難易度が高いな」
簡単なように見えて、難しい。
それがクレア嬢からの課題だった。
「殿下、”完璧”という言葉も今日は使用禁止です」
すると、レーナはこっそり耳打ちしてきた。
どうしてそんな補足をするんだ。
「さて、昨日は失敗してしまいましたが」
クレア嬢はそう人ごとのように言ってくる。
「ああ……期日は君もチェックを忘れていたが」
「そこは仕方ありません」
はっきりと割り切っていた。
ユリアナ嬢の部分もあるからな。
「とりあえず、行動の確認です。『直接会わない、押し付けない、誠意だけを示す』、これは原則です」
「つまり、手紙だけにしろと」
謝罪を伝えるために。
さっきのチェック項目に引っかからない形で。
「そうですね。それと、殿下自身の行動も示してください」
「行動?」
クレア嬢はそう言葉にしてくる。
「はい、ユリアナ様のために。文面で」
彼女のためにか。
少し考えてみる。
そして、考え抜いた内容を便箋に書いていった。
『公爵令嬢ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ様
先日の婚約解消に際し、私は理由の説明を避け、あなたに判断材料を与えませんでした。
その結果、あなたの時間・尊厳・信頼を損ねたことを認識しております。
これは、私の未熟さによるものであり、あなたに責任はありません。
許しを求めるためではなく、まず事実としてお伝えします。
今後、私は言葉ではなく行動によって示します。
面会の可否、返答の有無、時期については、すべてあなたの判断に委ねます。
本書状は回答を求めるものではありません。
ただし、もし対話の機会をいただけるのであれば、誠実に向き合う覚悟があります。
また、婚約者として担っていた公務・整理業務については、現在の立場では当然の義務ではないと理解しております。
もしそれらが負担になっていたのであれば、今後の担当のあり方について、関係部署と調整する用意があります。
レオポルド・シャルリ・アースミューレ』
書き上がったそれを、クレア嬢に見せる。
「……これは、かなり上出来です」
そういった回答が彼女から返ってきた。
ダメって言われるかと思ったが、大丈夫だったみたいだ。
良かった。
(今回は、何も言っていない。何も求めてないし、何も迫ってない)
続いて、レーナにも見せる。
「形式上、何の問題もありません」
彼女からもそう言われる。
良さそうだな。
「失礼します、書類を届けに来ました」
すると、文官のガスペリがやってきた。
持ってきたのは、何でもない書類だが。
「ガスペリ、ちょっと見てくれないか?」
「は、はい」
彼にこの文章を見せて、感想を訊くことにした。
何人かにも確認した方が良いからな。
「これ以上ないほど無難ですね」
読み終わった彼から、そんな感想が。
やはり問題ないな。
「ありがとう」
「はい、失礼します」
ガスペリはそのまま出ていった。
これは、今度こそ……いけたのでは?
「さて、封筒に包みましょうか。色は間違えないように」
「ああ」
俺は封筒をはっきりと確認して、入れていく。
今度はクレア嬢だけではなく、レーナの目もある。
「よろしい。今度は殿下個人としての封蝋をお願いします」
クレア嬢が頷いた。
王家の印は使用禁止。
私信に使う用の印を、封筒へ垂らした蝋に押し付けていく。
「問題ありません」
これで手紙の作成は完璧だ。
あとは、無事に届けられればいいが。
「さて、これは私が内務局に持っていきます」
レーナはそう言って、封筒を手にした。
「お願いする」
「かしこまりました」
彼女は執務室を出ていった。
今度は内務局に届くだろうな。
「”いけた”と思う瞬間が、一番危険です」
安心していたら、クレア嬢がそう釘を刺してきた。
怖いことを言うなよ。
手紙を送った数日後、俺は執務室で公務をしていた。
ずっとクレア嬢と講習している訳にもいかないからな。
とはいえ、彼女は補佐として執務室にいるんだが。
「殿下、ユリアナ様から手紙が届きました」
部屋にレーナが入ってきて、封筒を手にしていた。
今回は日数が掛かっているな。
私信だから仕方ないかもしれないが。
「おお!」
返ってくるか気にしていたから、届いたことを喜んだ。
クレア嬢も覗き込もうとしている。
「さっそく、見てみよう」
「そうですね! 中身が気になりますから」
俺は封筒を開いて、手紙の文面を見ていく。
『レオポルド・シャルリ・アースミューレ殿下
承知しました。
手続き上の配慮ついては、確認いたしました。
以上です。
ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ』
文面はそれだけだった。
「……拒絶、ではないよな?」
俺に対して厳しく言っているものではない。
でも、これを見ていたら、二枚の手紙とは違ったような感じがしていた。
「はい。でもーー”受け取り”でもありません」
続いて見た、クレア嬢がそんな感想を述べていた。
この文面はどこか事務的な感じがする。感情が入っていないような。
何故だろうか。
「あれ?」
そう思っていたら、封筒の中にはもう一枚便箋が入っていた。
しかも結構な回数折りたたまれていて、一枚目を取り出さないと、この二枚目を取り出せないように。
『完璧な距離は、誰も傷つけません。そして、誰にも届きません』
この便箋にはただ一文だけ書かれていた。
ただ、これまでと同じような書き方で、感情がこもっていた。
「うわぁ……」
思わず、口が開いたままになってしまった。
また失敗したのか。
完璧に避けたのに。
正しく処理したのに。
何も強いていないのに。
それでもーーダメだった。
「また失敗しましたね」
同じくクレア嬢も文面を見て、頭を抱えながら言葉にしていた。
「何が、足りないんだ?」
そうだよな。
気をつけていたのに、こんなのが来るなんて。
「おそらく、”選ばれない可能性”を、本気で引き受けていないからです」
「選ばれない可能性……」
それってどういうことなんだ。
「ユリアナ様は、もう婚約者ではありません。ですが殿下は、関係を戻す前提で動いています」
「そんなの……」
ユリアナ嬢が再び婚約者に選ばれない可能性、か。
俺の中では選ぶつもりになっているが……彼女の中では違うんだな。
「……ずっと完璧でいようとして関係を失ったのかもしれません。だから今、距離を保っているんだと思います」
破棄する前、彼女は迷わないようにって言い続けていたな。
完璧な令嬢だったっけ。
「少なくとも、そう感じてもおかしくない状況です」
「そんなことはないって」
流石にそれは言い過ぎだろう。
ちょっとだけ、イラついてしまった。
……正しいのに、冷たい。どこかで見た気がした。
「次は、”失敗する覚悟を持った行動”を考えましょう」
気分が少し落ち着いた後、クレア嬢はそう俺に伝えてきた。
(……正しいだけじゃ、ダメなのか)
こうして俺は、”間違えない謝罪”に失敗した。
次に必要なのは、正しさではなくーー覚悟だった。
言葉がダメなら、、前世みたいに絵で伝えるしかないのだろうか。
【ユリアナ視点】
「殿下の言葉は完璧ね。はっきりと、わたくしに返ってくるようですわ……」
受け取った手紙。
握りしめながら、夜中に何度も読み返した。
「……完璧すぎて、怖いですの」
完璧な手紙を何度も何度も。
涙が滲んでいて、手紙をところどころ濡らしている。
もう、考えなくていいはずなのに。
どうして、こんなに苦しいのでしょう。
わたくしは、机の引き出しに隠したスケッチブックを思い出した。
破棄されてからしまっていたものを。
完璧な令嬢には、必要のないものだったから。




