第14話【覚悟の始まり】
【ユリアナ視点】
外交文書《謝罪文》を受け取った次の日に、またサルチャクより殿下からの封筒を受け取った。
今回は私信用の封筒に、正式印を使っていない。
間違えていないようね。
「完璧な手紙……殿下は本当に変わろうとしているのね」
正しい内容で、非の打ち所がない。
わたくしに対して、考えているのがはっきりと分かる。
丁寧な書き方をしていて、距離を尊重している。
「わたくしを傷つけないようにしているのね」
傷つけない文章で、選びもしない文章にしている。
殿下はわたくしのために、考えようとしている。
だけど、逆にわたくしを逆方向から見てしまっているような。
「おかしいですわね……」
手紙を読み終えた瞬間、頬に水滴が落ちた。
雨など降っていないのに。
わたくしは、いつの間にか涙を流していた。
今まで殿下のことで泣いたことなどなかったのに。
「疲れているのね」
わたくしはこの気持ちを誤魔化した。
そんなの、出来るはずないのに。
「返信しないといけませんわね」
一晩経って、わたくしは返信を書くことに決めた。
外交文書に返信した時と違って、何度も読み返して涙が止まりませんでしたから。
「まず、手紙に対する返信を」
わたくしは、感情を出さず事務的な返信をする。
今までと違う感じになっていますが、心は入れられなかったから。
入れると涙が出そうになるから。
「涙は見せてはいけませんわ」
一枚目を書き終わった後、わたくしの気持ちを伝えるために二枚目を手に取った。
わたくしは涙を流してはいけないと思って、簡単に。
『完璧な距離は、誰も傷つけません。そして、誰にも届きません』
それはわたくしの心すらも揺らそうとしていた。
この言葉がそっくりそのまま返ってきているかのように。
封筒に入れた瞬間、机に水滴がついていた。
「おかしいですわ……」
水滴は止まらない。
「朝食を食べ終わったばかりですのに……」
頬は完全に濡れていました。
「はぁ……」
そして、ため息を吐いた声は震えている。
わたくしは机の中にある、スケッチブックの表紙だけ見て、やめた。
*
「……正しいだけじゃ、ダメなのか」
ユリアナ嬢から受け取った手紙を何度も読みながら、俺は呟いていた。
クレア嬢やレーナは俺を見ながら、何も言わない。
手紙は正しいことだけを伝えたはず。
それなのに、ユリアナ嬢は届かないって言ってきた。
どうしてなのだろう。
「正しい人は、嫌われません」
少しして、クレア嬢が口を開いた。
「でも、愛されるとは限りません」
まるで間違っているのも、必要であるかのような感じ。
確かにユリアナ嬢はずっと正しい事を言ってきた。それだから、俺は婚約解消をしてしまった。
あの手紙は、自分にも返ってきている。
確かに愛されるとは限らないのだな。
「……痛いな、それ」
カウンターを食らった気持ちだ。
「殿下は今まで何をしてきましたか?」
「謝罪に土下座に手紙……」
クレア嬢に言われて思い出していく。
「全部、”成功前提”です」
俺は何も言えなかった。
確かに上手くいくと思っていたが……。
その全てが失敗している。
「成功すると信じて動くのは大切です。そのためにどうすればいいのかと、考えますから」
「ああ。そうだな」
成功しないって思っては、前に動けない。
それならば、上手くいくって思えばいい。
「殿下の成功するだろうって安直な考えが、ユリアナ様にも伝わっているんです」
「君から言われたように書いていた。それが伝わったのか?」
手紙に関しては、彼女に添削をされていて、それを出している。
それが伝わっているっていうのか?
「いえ、そういうことではありません」
「……つまり殿下は、まだ”安全な告白”しかしていらっしゃらない、と」
すると補足するかのように、レーナが静かに言葉を。
「そういう事です」
「安全な場所から叫んでも、伝わらないのですね」
レーナの言葉は、弱いながらも突き刺さるようだった。
「だから逆に考えてみましょう。失敗してもいいのだと」
「失敗してもいい?」
今までは失敗しないようにしていたのに、逆に失敗してもいいって。
どういう方向転換なんだ?
「次は謝罪ではありません」
すると講座の内容まで変わる一言を放ってきた。
「え?」
謝罪じゃないって、伝わっていないのに何故だ?
「既に謝罪は届いています。次はーー殿下が変わった証拠を見せる段階です」
届いているのか。
それは確かに。
「完璧に伝わっていないよな?」
「そうです。ただ現状は、謝罪したいという気持ちだけ伝わっているだけです」
牙城の一部分だけが崩れている状況か。
ちょっとしか伝わっていないのだな。
「次は何をすればいいんだ?」
「ユリアナ様がいなくなって困った部分を、直してください。公務、政務、対外交、社交……彼女が支えていたすべてを」
彼女がいなくなって、全てじゃないが変わっている。
苦労している部分だって。
それを直すって。
出来るのか、俺に。
「つまり仕事か」
「はい、仕事です」
ここに行き着くのか。
「逃げられませんね」
微笑みながらレーナが俺を見つめている。
なんか怖いな。
「恋愛なのに、労働量が増えている」
ユリアナ嬢との婚約を戻す話が、公務などにも影響してくるなんて。
だが、完璧な場所から謝罪が伝わらないなら、するしかないのか。
「思ったんだが、前世で得意だったイラスト。あれをまた描いて、変わった証拠にしよう」
「そうですね。って、描いていらしたんですか?」
返事をしていたがすぐに驚いていた。
「ああ」
俺は頷いて肯定する。
「イラストの投稿サイトに出したりも?」
「していた」
再び肯定する。
ただ、レーナは少々きょとんとしている。
「凄いですね」
感心している様子だった。
「殿下、お伝えしないといけないことが」
するとレーナが話しかけてきた。
「どうしたんだ」
さっきまでとは、声のトーンを変えてレーナが伝えてくる。
「外務院から婚約打診が今月だけで約十五件です」
「婚約の打診、そんなにか」
確かに現状は、婚約を結んでいないことになる。
俺はユリアナ嬢と戻すつもりだったが、陛下《父上》や周囲からすれば、婚約を結んでいるのが重要なんだろうな。
結びつきを深めたい、国内外の貴族や他国の王族とだろう。
「陛下も心配しておられました。現状は検討中で一ヶ月も経っていないということで、なんとか待っていらっしゃいます。ただ、この状態が続けば王室会議で『ご健康不安』を理由に療養も視野に入ると」
その言葉と共に、顔が強張った。
療養とは名ばかりで、実際には廃嫡になるということ。
そうなれば、ユリアナ嬢と婚約を戻すどころじゃなくなる。
危ない段階だ。
「それに陛下が『そんなに待てない』と仰せでした」
「モラトリアムの延長は出来ないのか?」
「まだ多少であれば」
レーナは少し遅れて言葉を発した。
自身の考えが入っているんだろうな。
「分かった」
「では、課題です」
軽く頷くと、クレア嬢はどこから持ってきたか分からない資料を机の上に置いていった。
どれだけあるんだ?
「明日の公務、破棄していなければユリアナ様が担当されていたものです」
ありすぎだろ。
一週間分くらいは、あるんじゃないのか?
「これ全部?」
驚き声が震えながら、訊いてみる。
「はい」
クレア嬢は頷いた。
それと共に、俺は頭を抱えてしまう。
大変なことになりそうって、分かったのだから。
しかも婚約を何とかしないといけないという状況にもなっている。
山積みでしかない。
「俺、今まで何してたんだ?」
疲れが一気に出てきた。
休みたくなってくる。
頭痛薬があったら飲みたい。
ユリアナ嬢が支えてくれていた重さを、今になって痛感してくる。
選ばれなくても、俺はここにいなければいけないんだ。
「明日の公務で、殿下がどれだけ変われるか……ユリアナ様にも、きっと伝わるはずです。そして選ばれなくても、殿下がここにいることを示すために」
それに対してクレア嬢は微笑んでいた。
黒い笑いって程じゃないけれど。




