第8話【ハッピーエンドは燃えた】
「面白いな。仲間に出会えるなんて」
書庫は埃と紙の匂いに包まれていた。
足音も吸い込まれそうなほど、静けさに包まれている。
俺とクレア嬢の会話音だけが聞こえるだけ。
それにしても、ヒロインも転生者なんてな。
「”仲間”って言わないでください。今、私のエンディングが燃えましたから」
「俺も燃えた。いや、爆散した」
両方ともハッピーエンドが吹き飛んだ訳。
面白いのか面白くないのか、
分からないが。
「爆散したのに、何で土下座をするんですか」
「する前提で考えていた」
「やめて」
頭を抱えながら、呟くクレア嬢。
それでもため息をつき、その流れで深呼吸をして、表情を戻した。
「ユリアナ嬢へ謝罪をしたいですか?」
真面目な表情で彼女はそう問いかけた。
「ああ」
俺はそれに対して頷く。
「分かりました、あちらへ行きましょう」
事務のためにある机と椅子。
それぞれ俺達はその椅子に座ることにした。
クレア嬢はメモ帳を取り出し、机の上には資料を広げていく。
「いいですか殿下。ここから先、”ゲームの攻略”は禁止です」
「俺は攻略対象なんだぞ?」
だから攻略なんてしていないと思っている。
むしろ攻略される側だろ。
「それに、ゲームの攻略みたいに俺と結ばれようとしていたのは、クレア嬢の方だろ」
「今は関係ありませんから」
だがそれをクレア嬢は突っぱねていた。
「それに今は”国の地雷”です」
「地雷」
どれだけ危ないんだよ。
攻略って。
「踏みましたよね。一度」
「土下座のことを言うなら、実は二度踏んでいる」
「はぁ、二度もしたんですね」
呆れかえっていた。
確かに謝罪だけを伝えていたからな。
土下座をしたなんて言っていない。
「さて、殿下のために謝罪の講習でもしましょうか」
クレア嬢は少し息を吐いて、苦笑いをしていた。
「こ、講習?」
どうしてこんなのを。
しかもクレア嬢からって。
「ユリアナ様から拒絶された以上、しないといけませんから」
「前はこんなに」
ただ背中を押してくれたはずだろ。
まるで先生みたいだ。
「あまりにも問題だから、するんです。理解してください」
「はい」
このまま言い返すと、さらに言われそうだった。
やめておこう。
「とりあえず、メモはありますか?」
「ある」
ポケットから小冊子を取り出した。
一応持っているものだ。
ペンは机に置いてあるので問題無い。
「では第一。謝ったから戻れると思わない」
するとクレア嬢は淡々と俺に伝えていった。
「でも謝罪は大事だろ?」
謝らないと解決しないって。
「大事です。だからこそ”交換券”にしない」
交換券って。
謝ったら戻してくれるっていう?
「第二。『君のため』は禁止」
「……刺さる」
「刺さったのはユリアナ様です」
”君のため”にユリアナ嬢は婚約破棄されたからか?
問いかけても答えてくれないだろう。
「第三。相手が失ったものを、先に言語化する」
「失ったもの、婚約?」
「”婚約”だけじゃないです。時間、尊厳、信頼、未来設計」
そんなにあるのか。
「第四。公の場に巻き込まない」
「王宮で土下座はダメ?」
「論外です」
空港やファミレスで土下座をして、許されたって人もいるって聞いたんだけどな。
より許してもらえそうなのに。
「第五。土下座はこの国では逆効果」
「でも一番強い土下座だぞ?」
「”強い”がダメなんです。圧です。脅迫です。外交問題です」
「土下座がダメ……!?」
異世界だけど伝わるって思うんだけどな。
「第六。『選ばれない覚悟』を持てない人は、謝罪すら届きません。殿下はまだ、そこまで行けてないと思います」
選ばれない? そんなの、想像しただけで胸が痛い。でも、クレア嬢の言う通りだ。
俺はまだ、許される前提で動いているのだろうか。
すると、書庫の扉が開かれた。
「殿下っ!」
「あれ?」
静寂だったからこそ、書庫に響いてしまう。
クレア嬢は俺の口を塞いだ。それと同時に、机の上に置いていた本を落とした。
咄嗟だけれども、俺の言葉を聞いて、入ってきた人物が反応する。
どうやら入ってきたのは近衛兵のようだ。
「今、殿下の声がしましたが」
「ちょっと私と書庫で調べ物を」
そして彼女が対応していく。
俺は口を塞がれたまま、彼女の後ろに。
隠れきれていないけれど。
にしても近いな。
(これ大丈夫なのか?)
「何か”土下座”とおっしゃっていましたが」
「本の、題名です」
タイトルが”土下座”って、”武士道”みたいな感じだな。
塞がれているので口に出せないが。
「題名が、土下座?」
無理がありそう。
大丈夫なのか。
「異国の民俗学です」
それでも俺は口を塞がれたまま頷いた。
民俗学だな、うん。
「後ほど、陛下にも共有を?」
「しなくていいです」
「分かりました」
少し近衛兵は本を探した後、その本を持って書庫を出ていった。
探していたのは、関係ない本だが。
「ふぅ」
クレア嬢がため息を吐いた。
「助かった」
「だから”声量”も管理してください!」
完全に彼女はキレていた。
大きな声ではなく、彼女の声が少し低くなる。
目が真剣に俺を見つめていた。
「私、ヒロインに転生して嬉しかったんですよ」
苦笑いして、自分の姿を見ている。
視線が一瞬だけ床に落ちて、ため息を吐いていた。
「そうだよな」
軽く頷く。
「でも、ヒロインじゃなくなっちゃった」
困った顔で呟いていた。
「本当なら、ここで殿下と距離を縮めてーーって感じだったんですよ」
少し笑いながら言っているが、どこか無理をしているように見えた。
「あの土下座で、全部おかしくなりましたけど」
軽く言っているようで、言葉の端がわずかに強かった。
「転生して、ヒロインになれて、心の底から嬉しかったんですよ」
そう言ってから、少しだけ視線を逸らす。
同じ事を言っているが、だからこそ現在の状況を恨めしく思っているようだった。
「だから余計に、きついんです」
彼女からため息も聞こえてきた。
「全部分かっている側のはずだったのに、って思うと」
小さく息を吐いている。
「何やっているんだろうってなります」
強がっているだけ、かもしれないな。
「今もヒロインだが?」
クレア嬢はゲームのヒロイン。
それは今も変わっていない。
「違います。”物語の都合のいい子”です」
「そう言われると、俺もだ。”攻略対象のはずの王太子”が、土下座で自爆する」
俺も苦笑いしていた。
この状況が変におかしく感じてしまう。
「笑わないでください。私、それで笑うと泣くので」
困った表情をしている。
「私も、失敗したんです」
クレア嬢は少しだけ目を伏せた。
「分かっているつもりで、全部外しました」
さらに続ける。
「だから分かるんです。殿下が今、どれだけズレてるか」
「すまない」
言った直後、自分で違和感に気づく。
(違う)
クレア嬢に向けた言葉のはずなのに、胸の奥で別の痛みが引っかかった。
これはクレア嬢に向けた言葉じゃない。
ユリアナ嬢に、言えなかった言葉だ。
結ばれるはずだったからな、俺と。
「今は”すまない”で済ませない」
「はい」
そう言った後、苦笑いだったクレア嬢は少しだけ表情を和らげた。
「さて、出ましょうか」
「ああ」
机の上の資料を片付けて、書庫を出ようとした。
するとドアをノックされて、レーナが入ってくる。
「失礼します。こちらに殿下がおられると聞いて」
「どうした」
俺は彼女の前に出る。
するとレーナは持っていた書状を手渡した。
「ユリアナ様からの書状です」
彼女から書状が!?
はっきりと、”レオポルド・シャルリ・アースミューレ”という俺の名と、”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”という名前も。
今朝、土下座をしたばっかりなのに。
早いな。
「ありがとう」
書状を渡すと、レーナは出ていった。
渡された書状の持つ手は震えていて、心臓がバクバクとしている。
とりあえず書状の中身を見ていく。
『・殿下。”許し”を取りに来ないでください。説明をしに来てください。
・殿下。”約束”は言葉ではなく行動で。
・殿下。”次に会う時は、姿勢ではなく覚悟をお持ちください。』
簡単にそれだけ書かれていた。
明らかに土下座に対する回答だな。
書状を持つ手が震えていた。
紙一枚のはずなのに、やけに重い。
”許しを取りに来るな”。
その一文が、頭の中で何度も繰り返される。
(俺は、許してもらうつもりだったのか)
謝れば戻る。
そういうゲームだった。
だがこれは違う。
戻らないことを前提に、話せと言われている。
(じゃあ、俺はーー何を差し出せる?)
「……講習会、続きをしよう」
俺は書状を握りしめ、クレア嬢に伝える。
「異世界転生者向けの”謝罪の作法”のな」
「誰が受けるのよ、そんな講習」
クレア嬢はため息を吐いていた。
「でも私も同じ失敗をしたから、分かるんですけれど」
こうして俺は、”謝れば戻る”というゲームを捨てて、現実の地獄へとログインした。




