第4話【二度目の謝罪】
「う~ん」
俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。
あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。
「それにしても」
ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。
今の状態としては、別の事で悩み中だ。
「ユリアナ嬢、許してくれるかな」
二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。
すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。
だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。
でも、どのタイミングで?
それが一番の悩みだ。
顎に手を当てながら考えていた。
「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」
「すまない。変なところを見られてしまって」
クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。
しまったな。
彼女は当事者じゃないのに。
俺とユリアナ嬢の問題だからな。
「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」
分かるのか。
確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。
だから察しがつくだろうな。
「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」
そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。
「ま、間違いですか」
そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。
まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。
「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」
「せ、先日のってそれですか?」
「ああ、そうだ」
「ゆ、ユリアナ様と?」
クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……?
それに言葉が震えまくっている。
何が起きているんだ。
「大丈夫か?」
「は、はい」
落ち着かないな。
さっきまでは平常だったのに。
悪いことでも言ってしまったのか?
「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」
「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」
数日後か。
確かにそれが良いかもしれない。
やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。
「ありがとう」
「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」
ぎこちない微笑みを見せながら、クレア嬢はまた歩いていった。
何か変だな。
彼女も何か考え事をしていたんだろうか。
「謝罪は数日後だな」
俺は覚悟を決めて、再びルイッツホーフ家へと向かう準備を進めていった。
今度はちゃんと伝えないと。
逃げずに向き合うために。
許されるかどうかではない。
それでも、行かなければならない。
「悪いな、こんな時間に付き合わせて」
「いえ。殿下お一人よりは、良いですから」
数日後、俺はルイッツホーフ家の屋敷にやってきていた。
先日は馬車でやってきたが、今日は王宮から屋敷まで歩いてきた。
クレア嬢と一緒に。
静かな王都をゆっくりと。
まだ夜明けを少し過ぎた頃で、空は橙色と水色のグラデーションが見えている。
絵を描いていたから、こんなのも表現しようとしていたっけ。
「ここからは俺一人で行く」
門は先程から開かれていて、扉の前まで歩いていく。
クレア嬢は門の前で待機している。
ただ、門の前に着くまで微笑んでいたのに、ルイッツホーフ家の敷地内に入ろうとした瞬間、少しだけ何かを言いたげに唇を噛んでいた。視線も少しだけ下を向く。
彼女も不安なのだろうか。
(ユリアナ嬢は会ってくれるか?)
俺は扉の前で立ち止まりながら、深呼吸していた。
前は普通に叩けたが、今日は勇気が出てこない。
だが逃げることは出来ない。
来た理由は分かっているだろうから、ユリアナ嬢は会わない事だって有り得る。
だからせめて、会ってくれれば土下座で何とか。
許してもらえないかもしれないが。
「こんな事をしている場合じゃないよな」
扉の前でもじもじしていても、何も動かない。
俺は扉を叩いて、使用人が出てくるのを待つことにした。
しばらくすると扉が開いて、先日と同じ使用人が出てくる。
「レオポルド殿下、ですか」
驚いている様子はなくて、平然としていた。
やはり彼も、来た理由を知っているからだろう。
「お嬢様を呼びますね」
家の中に入れられることなく、扉が閉まってそのまま待たされる。
無限のように感じられたが、それでも問題なかった。
俺は朝日が少しずつ昇っていくのを感じていた。
門の前を通る通行人がちらほら見えてきている。
(こんなの、怖い教授を待つみたいだな)
課題を提出するときや、それこそ謝罪するとき。
しばらくして、再び扉が開いた。ただ半分だけ。
使用人が出てきて、淡々と伝えた。
「ユリアナ様は、お会いになるそうです」
第一関門は突破したんだな。
これで、彼女に謝ることは出来る。
許してもらえるとは限らないし、婚約が戻るなんて砂粒ほどの確率だ。
それでもいい。
「分かった」
俺は屋敷の中に入って、使用人に案内された部屋へ。
先日の客間とは違った場所。
そこは庭に面していて、外から見えるであろう小さな部屋。
まだユリアナ嬢はやってきていない。
紅茶も出されなかった。
「よし」
使用人が行った後、俺は正座をしてそして頭を床につける。
土下座をもうすることにしていた。
「殿下」
少しすると、ユリアナ嬢がやってきた。
足音が、途中で一度だけ止まった。
こちらを見ているのだろう。
だが、すぐにまた歩き出す気配がした。
感情を持たず、ただ淡々としたような口調で。
「また謝罪ですのね」
間違っていない。
でも先日と違って、今度は言葉を伝えていく。
土下座をしたままなので、ユリアナ嬢の様子は分からないが。
「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」
ユリアナ嬢は何も言わずに聞いていた。
いや、違う。
何も言わないのではなく、言葉を選んでいるような沈黙だった。
息を呑むような、わずかな気配だけが伝わってくる。
ドレスの裾が僅かに揺れて、彼女が一歩下がった。
「俺は、君との婚約を破棄した”後”で、自分が何者だったのかを思い出した」
思い出した前世のことを彼女に伝える。
それでも、ユリアナ嬢は何も言わなかった。
しかも、驚いている様子もない。
「前世では君の事が好きで、イラストを何枚も描いていた。君は俺の推しだった」
その瞬間、空気がわずかに軋んだ気がした。
静寂が引き伸ばされるように、ユリアナ嬢が息を飲む音だけが聞こえてくる。
間違えたか?
いや、何が間違いなのか自分でも分からなかった。
(理由を言えば、これで説明になると思った)
言葉を続けていく。
「受け止められないっていう事で婚約を壊したのは……逃げだったのかもしれない」
俺の中で、『全部話せば、分かってもらえるはず』とそう信じていた。
だって、ユリアナ嬢は何も言わずに聞いているから。
「本当に申し訳ありませんでした!」
そう謝罪した後、部屋には沈黙が流れる。
(許されるとは思っていない。それでも、言わずにはいられなかった)
しばらく、何も返ってこなかった。
やがて、静かに息を吐く気配。
「……殿下」
初めて、感情が乗った声だった。
だがそれは、怒りではなくーー冷えたものだった。




