第29話【二人と婚約させてください】
翌日の昼下がり。
離れの庭園の見える応接室へ、ユリアナ嬢とクレア嬢を呼んだ。
一昨日の夜とは違って、くっきりと応接室からは庭園の花々が見えていて、見飽きない場所。
「レーナ、今日は君が見届けるんだな」
二人がやってくる前、レーナが紅茶を用意していた。
侍女なのもあって淡々としているけれども、色々と考えているようだった。
「はい。陛下よりご命令がございましたので」
宰相よりも話しやすいのかもしれない。
変なことも言わなそうだから。
「お待たせしましたわ」
「殿下、今日はどんな話し合いをするの?」
やがて応接室へ二人がやってきた。
落ち着き払っていて、微笑みのまま部屋の中へ入っていく。
レーナは部屋の端に立って、様子を見守る。
「座ってくれ」
ユリアナ嬢とクレア嬢は隣り合うように。
俺は向かい合う形でソファに座って、話し合いが。
ただ、座った瞬間に言葉が交わされず、少しの間沈黙が応接室に流れていく。
「婚約の事が片付いたわけなんだが」
それを破るように、俺はゆっくりと口を開いた。
何だろうな、少しドキドキする。
「ユリアナ嬢。約一ヶ月前、俺は君の完璧さに耐えきれず、婚約を破棄してしまった」
まず俺はユリアナ嬢に向けて言葉を。
「申し訳ないことをしてしまった」
深く頭を下げて、ユリアナ嬢に謝罪する。
「恥ずかしいことだが、破棄してから後悔が起こった。しかも、前世の記憶を取り戻す形という、誰にも信じてもらえないような状況で」
二人は口を挟むことなく、静かに耳を傾けていた。
「俺はやっと君への愛を感じることが出来た」
少し上を向いて、謝罪のための講習を行った事を思い出す。
「君の完璧さに想い、それを受け入れられた」
ユリアナ嬢への気持ちを伝えた後、彼女は口を開く。
「わたくしもですわ」
たった一言だけれども、何倍も伝わってくる。
ユリアナ嬢は言葉を続けた。
「殿下に婚約破棄されてから、わたくしは裏切られた気持ちになりました」
そう思われても仕方ない。
短絡的だった。
「何度も謝罪をして、覚悟を見せてから、許したい思いがわたくしにはありましたが」
ユリアナ嬢は瞳を閉じて、自分を振り返っているようだった。
「再び裏切られるのではないかと、怯えてしまいました」
俺は彼女の言葉に、少し俯いて申し訳なく感じてしまう。
「ですが今の殿下を見ていたら、信じても良いって思えてきますわ」
微笑みを見せて、俺を見つめた。
「わたくしは、もう逃げません」
声に震えはなく、芯の通った強いもの。
「ああ、俺もだ」
返事をする俺の声も同様だった。
そして次はクレア嬢に向ける。
「クレア嬢。あの日の謝罪から、君は俺がユリアナ嬢へ謝罪を行うために、講習をしてくれた」
微笑みながら、軽く頷くクレア嬢。
「最強だと思って王家の印を使って、封筒まで間違えたな」
「そうでしたね」
苦笑いしながら、クレア嬢は思い出していた。
外務院に届いて、ユリアナ嬢から厳しい言葉の返信が。
「仮の婚約も提案してくれたな」
「実質、失敗しましたけれど」
「そうだな」
俺も苦笑いしながら、軽くため息を吐いた。
「ただ、君のおかげで今の俺がいる」
それでも表情を戻して、今度はクレア嬢に向かって頭を下げた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
クレア嬢も礼をする。
そして今度は彼女の話を。
「私、前世の記憶を思い出してから、この世界がゲームの世界と同じって分かった」
説明しているけれど、ユリアナ嬢は少しだけ分かっていないようだった。
「ヒロインになれて嬉しかったし、かつての知識を頼りに動いてハッピーエンドに導こうとしていた」
俺へ伝わるように打ち明けている。
「ユリアナ嬢、クレア嬢も俺と同じような感じだったんだ」
だからこそ苦笑いしながら、説明をしていった。
でもユリアナ嬢は何も言わずに聞いている。
「私、本当は殿下の隣にいたかった」
クレア嬢は庭園の方向を見て呟いた。
彼女の気持ちは嘘じゃないだろう。
「だけど、支える道を選んだ。そんな私にハッピーエンドなんて、消滅したと思っていた」
視線を俺の方向へと戻し、話ながら困ったような表情をしている。
「今、ハッピーエンドを掴んでいる」
軽く息を吐きながら、クレア嬢はユリアナ嬢を見つめた。
「三人で掴んでいるんです」
続いて俺へと視線を動かす。
「俺もだ」
「わたくしも」
俺達は頷いた。
それは、否定しようがない事実なのだから。
「俺、これを描いてきた」
ポケットから一枚の絵を取り出す。
そこには、ユリアナ嬢、クレア嬢、そして俺の三人が並んでいる絵。
「あら、奇遇ですわね」
ユリアナ嬢はスケッチブックを開いて、あるページを。
三人の横顔の絵が描かれていた。
「久しぶりに私も描きました」
クレア嬢も紙を差し出して俺達に見せる。
やはり三人が見つめ合っている絵。
「同じ感じになっているな」
思わず笑ってしまった。
こんなに気持ちが合っているなんて。
「でも、意志は決まりですのね」
「そうですね」
ユリアナ嬢もクレア嬢もにっこりとしている。
二人の絵、絵柄はそれぞれ違っているが方向は一致していた。
どれも綺麗で、ずっと見ていられる。
もう、決まりだな。
ここまで来て、まだ言葉にしないのは逃げだと思った。
だから、最後だけは自分の口で伝えなければならない。
それでも少し考え、結論を出していく。
本当に行って良いのか。
だが思案を巡らせた結果、俺は覚悟を決めた。
「ユリアナ嬢にクレア嬢」
俺は大きく深呼吸をして、ソファから床に正座する。
両膝は床についている。
俺が二人を呼びかけた途端、少しの間沈黙が流れていく。
「殿下?」
「なんで?」
二人はきょとんとしていた。
何をしようとしているか、分からないからな。
俺は二人に視線を向け、深く頭を下げる。
「ちょっと?」
「どうして土下座をするの!?」
困惑した声が聞こえる。
そして額を床に擦りつけながら、ゆっくりと言葉を発した。
「改めて、二人に伝えたい」
深呼吸をして、続けていく。
「二人と婚約させてください。俺の全てを賭けて、二人を幸せにすると誓います」
俺は土下座しながら告白していく。
「二人の人生を背負わせてほしい。その責任から、もう逃げない」
少しの間、静寂が流れた。
心臓の音だけが響く。
「はい」
「受け入れますわ」
ただ、それを破るように、二人の同意が耳に入ってくる。
顔を上げると、二人は笑みを見せながらも、瞳には涙が浮かんでいた。
「ありがとう……!」
感謝を伝えると、二人は呆れた笑みを見せた。
「さっさと立ち上がりなさいな。服が汚れるわよ」
「何でまた土下座するのよ。禁止って言いましたよね。でも今日だけは許します」
俺は立ち上がって、二人を抱きしめる。
はっきりと二人の感触が伝わってきた。
「これから三人で生きていこう」
「ええ」
「勿論だから」
窓の外は夕焼けに染まっていた。
俺達は、橙色の空と夕日に染まる庭園を見ながら微笑んだのであった。




